とても安らかとは言えない寝顔で、それでもこの人は眠っている。眠くなくても寝なきゃ体力が回復しねぇからな、と苦虫を噛み潰したように。いざ突撃する時に寝不足で元気が出ませんー、なんて冗談にもならねぇだろ、と。
僕は何も言わず、精神安定剤を渡した。一般の薬局でも売っている軽い物で効能は殆どない。期待できるのはプラシーボ効果くらいのものだ。微量の睡眠導入剤も含まれているから少しは寝やすくなれますよ、と言うと、悪いな、と一言、水も待たずに飲み込んだ。…効果があったのか無かったのか、寝入りは早かった。
夜明けまであと5時間。この人ほど疲れてはいないとは言え僕も眠って体力を回復するべき時間だ。だが眠ろうとは思えなかった。このまま眠れるとは思えなかった。
…両親の仇を討つ。これまでの人生をそれだけの為に費やしてきたことに後悔はしていない。
NEXTに生まれたのは幸いだった。ヒーローになれば犯罪者に関わる機会に恵まれる。司法局との繋がりも持てる。顔を売り名前を売れば情報も集めやすくなる。
だからヒーローを目指した。格闘技を身に付けた。学業の成績も上位を目指した。ヒーローアカデミーは首席で卒業し、マーベリック氏の協力を得て、ヒーローになれた。両親の仇も、ついに見つけることが出来た。
だけど、それだけだ。
目的の為だけに生きてきた。まともな友人関係も恋人関係も何も作ってこなかった。他人を排斥して生きてきた。だから分からない。こういう時に何を言えばいいのか、何をすればいいのかが全然分からない。
お人好しで、他人の為に動ける人だ。どんなに馬鹿にされても、どんなに叩きのめされても、絶対に自分の信念を曲げない。誰かが苦しんでる。ただそれだけの理由で、自分とは何の関わりもない他人でも、何があっても助けようとしてくれる人。
…散々馬鹿にして、散々拒絶して、それなのに、僕を助けて支えてくれた人だ。
僕はこの人に助けられたのに、僕はこの人を助けられない。僕はこの人に支えられているのに、僕はこの人の支えになるようなことは何も出来ない。
僕とこの人の差は年齢の差だけじゃない、生き方の差だ。この人は沢山の人と関わり続けて生きてきたんだろう。僕は誰とも関わらずに生きてきた。その差が、今この状況だ。
して貰ったことを僕は出来ない。この人を助けたいと思うのに。――この人を支えたいと思うのに。思いだけが肥大して、やり方は全く分からない。
「…虎鉄さん」
支え方も、触れ方も。何も分からない。ただ思いだけが肥大していく。
この人を助けたいと思うのに。――この人が欲しいと思うのに。
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何か色々あっておじさんが滅茶苦茶凹んでる時、と状況は適当に想像してください。
ランカ・リーの婚約発表は全銀河を震わせた。
結婚式は来年の6月。女の子の憧れ、ジューンブライドである。
注目のお相手は芸能人ではないという理由で公表されなかったが、ゴシップ誌などには名前以外の殆どの情報が晒された。新統合軍のエースパイロットであること。女性と見紛う美青年であること。写真は目張り付きだが見る人が見ればすぐに分かる程度。また幼少時代は名門歌舞伎一座の女形として活躍していたことまで調べ尽くされており、当時の舞台写真まで発掘された。
その結果として。全く望まない形で銀河中の注目の的となってしまった当人は過去の自分と対面させられる気恥ずかしさに頭を抱え、婚約者を銀河中の注目の的にした当の歌手は婚約者の舞台写真を見て目を輝かせていた。
「わぁ、すごい。こっちの写真はアップだよ。すっごくきれい!」
「…あーそーかよ」
「きれいだし、女らしいし、すごいなぁアルトくん。どうしたらこんなに色っぽくなれるの?」
「…シェリルにでも聞いて来い」
一体何処からかき集めたのか、ランカの手元にはガッチガチの経済紙から3流ゴシップ誌まで、ありとあらゆる情報誌が鎮座していた。扱いの大小の差はあれど、その全てにランカの婚約発表の記事が掲載されている。
かつてバジュラとの戦争時にランカの歌は戦術的な価値を見出され、「現代のリン・ミンメイ」とまで呼ばれた。だがバジュラとの戦争状態が解除された今、ランカは政府高官に就いている訳でもなければ名誉職にも就いておらず、一介の歌手という立場である。ゴシップ誌ならともかく何で経済紙までこんなにデカい紙面を使ってるんだよ、とアルトは心の中で八つ当たりする。実際の所、今の彼女がどういう立場であれ、かつての彼女の功績があるからこそ一流紙でも取り扱われているのだが、完全にやさぐれ状態に陥っているアルトには真逆の発想まで思い至らなかった。
10年以上も昔の自分の舞台写真を次から次へと見せられるのはいっそ拷問で、今すぐランカの手から全部強奪したい思いに駆られたが、アルトは辛うじてその誘惑を押さえ込んだ。どんなに映りが悪い写真でもどんなに小さな扱いでも、ランカは1つ1つをじっくりと鑑賞していて、それはそれは幸せそうで、それはそれは可愛らしくて、邪魔をしてその笑顔を曇らせるのは勿体無い、と思ってしまったからだ。
惚れた弱み以外の何でもなく、またそれを自覚していても対処のしようがない。結果としてアルトははしゃぐランカを渋面で眺める羽目になっていた。
「これ、真っ白のお衣装だね。お嫁さんかな?」
「は…? ああ、鷺娘だろ。白鷺って鳥の化身って役柄だからな」
「ふぅん。…あ、ねぇほら、前にドレスの下見に行った時にこういうお衣装があったよね!」
「白無垢のことか?」
「そう! ジャパニーズウェディングドレス! ね、アルトくん、あれ着てみてくれな」
「絶対に嫌だ」
どれだけ瞳を輝かせようとも、どんなに可愛い彼女のお願いでも、どうしても越えられない一線というものはある。アルトにとってこのおねだりは正しくそれだった。
最後まで言わせることすら許さず、拒絶の言葉を怒涛のように畳み掛けた。
「あれは花嫁衣裳だ。お前ならともかく何でオレが着なきゃいけない。そもそもオレが歌舞伎をやめて何年経ってると思ってるんだ。今のオレは現役のパイロットだぞ。体格からして女形とは全然違うんだ、今更女の衣装なんか着れるか!」
「えー…。ダメ?」
「絶ッ対にダメだ」
「似合うと思うんだけどなぁ…」
可愛らしく小首を傾げられてもこれだけは譲られない。これ以上何か言われる前に、とアルトは鷺娘の写真を没収する。ランカは鷺娘に未練があるようで、むー、と子供のようにむくれてしまった。
それなりにしっかりしてきたと思うが、こういうところはやはりまだまだ子供っぽい。こういう顔をされる度に仕方ない奴だ、と甘やかしてきた兄貴もその要因の1つなのだろう。あのシスコン兄貴ならすぐに写真だけでも返してやるのだろうが、この件に関してはアルトは譲歩してやる気はこれっぽっちも持ち合わせていなかった。
「ったく。そんなに気になるなら自分で着ろよ。似合うと思うぞ」
「え」
「ん?」
「そ、そうかなぁ? 私が着ても大丈夫かな?」
ランカは謙遜しつつも満更ではない様子、よし、とアルトはこっそりガッツポーズを作った。
「ああ、似合う似合う。だから自分で着ろ」
「…アルトくん、適当に言ってない?」
「言ってない。また来週に下見だろ、羽織るだけでも羽織ってみろよ。お前が着たところを見てみたい」
「…ほんとに?」
「ああ、本当だから」
「…うん。なら、着てみよう、かな」
控えめに微笑むランカに、アルトはほっと胸を撫で下ろした。今更舞台衣装を着るのだって嫌なのに白無垢なんて冗談じゃない。「アルトくんに着せる」から「自分で着る」まで転換できたのは予想外だったが悪くない結果だ。
そう、悪くない。アルトは女の子の買い物に付き合うのは苦手だし、ドレスの下見もいい意見なんて言えるはずもなく、はっきり言うと億劫で気が進まなかった。だけど、ランカの白無垢の花嫁姿が見られるなら話は別だ。
白無垢に身を包んだランカはきっと、純真無垢そのものの、綺麗な綺麗な花嫁なのだろうから。
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私のマクロスFの知識は「イツワリノウタヒメ」とwiki先生だけです。
間違ってる所や矛盾のある所も多々あると思います。今の内に謝っておきます。すみません。
あとタイトルも語呂だけで決めたので、意味はあまり考えないようお願いします。直訳すると結構間抜けです。
「…って言うことがあったんですよ」
「…ぷぷ。それいい…! それいいわ、ランカちゃん!
アルト、あなたも花嫁衣裳を着なさいよ。そうしてランカちゃんと2人の花嫁で並んで見せて!」
「ほらアルトくん、シェリルさんもこう言ってるよ。絶対に似合うって!」
「…お前らいい加減にしろよ…」