もしって、考えたことがある。
 もし俺が総士を傷付けなかったら、俺たちはどうなっていたんだろう。
 一時も離れずに、親友のままでい続けられたんだろうか。
 もっと早くフェストゥムやファフナーのことを打ち明けてくれたりしたんだろうか。

 それとも――






昔と今と、これからのこと。







『一騎。途中、少しパルスが乱れていたぞ。何か問題が?』
――ごめん。ちょっと別のこと考えてた」


 ガコンって、擬似的な揺り篭が開く。一気に広い光にさらされて、反射的に顔を腕で隠した。通信が切れる直前に感じた不穏な感じは、そのまま不機嫌な顔になってやって来る。


「訓練中に余計なことを考えるな」
「…」


 わざわざ考えなくても分かってしまう通りの答えが返ってきた。こういう所は案外、総士って単純だ。ついつい笑ってしまった俺は、更に総士に怒られる羽目になる。


「一騎」
「分かってる、ごめん。もうしないから」
「…ならいいが」


 もうちょっと言われるかなって思ったけど、意外にあっけなく開放される。俺が擬似コクピットから出た頃には、総士は羽佐間先生と話していた。ザルバートルモデルがどうこうって言ってるから、俺のマーク機体ザインの調整に関係することなんだろう。
 パイロットとしては自慢できることじゃないけど、俺はもう1マークつの体ザインの構造とかを良く分かっていない。擬似コクピットを使っての訓練をしても、その結果どういう風に調整すればいいのかが分からない。

 俺はただの「剣」だ。今更ファフナーの研究を初めても付け焼刃もいいところだし、そういうことは先生たち専門の人に任せて、俺は「剣」になれきればいい。


 壁の時計を見ると、11時47分。朝の内の予定はもうこれで終わりだ。ドアに足を向けたとき、丁度総士も羽佐間先生との話を終わらせてた。


「総士!」
「…何だ?」
「昼飯、食べに行こう。ちょうどいいだろ」
「ああ…、…そうだな。分かった」


 少し待ってくれって言って、総士は壁の端末に向かった。俺のところからじゃ見えないけど、誰かと二言三言話して、それから俺の方に向き直る。


「一騎」
「ん」


 ここから食堂まで少し距離がある。歩いて10分くらいはかかるだろうか。食堂に付く頃に12時になっているだろう。話しながら行けば、すぐに過ぎる程度の時間だ。


「…そう言えば、総士。お前ちゃんとご飯食べてるのか?」
「…人聞きの悪いことを言うな。きちんと食べているさ」
「本当に?」
「しつこい」
「言っておくけど、総士。ウィダーインゼリーとかカロリーメイトとかは、ちゃんとしたご飯って言わないんだぞ」
「…」
「…やっぱりな」


 やっぱり食べてなんじゃないか。
 最近は一日一食は乙姫と食べるようにしているって前に聞いたけど、逆に言えばそれって、他の2食は1人ですましてるってことだからな。面倒とか時間がないとか、そういうのですまそうとする総士は簡単に想像できる。


「ちゃんと3食食べないとダメだろ。ただでさえ総士は不健康な生活してるんだからな」
「…お前は僕の母親か」
「そんな訳ないだろ」


 母親っぽいことを言ってる自覚はあるけど、仕方ないじゃないか。誰かが見てないと、総士は際限なく無茶するんだから。俺もできるだけ注意してるつもりだけど、やっぱりそれだって限度が…


「…あ、そうだ」
「何だ?」
「一緒に暮らさないか、総士」
「…は?」


 あ、珍しい。総士が本気で「理解できない」って顔になってる。


「だから、一緒に暮らさないかって。うちは1つ部屋空いてるし、そうしたら俺も安心だし」
「…あのな、一騎。何を言ってるんだお前は…」


 そんなこと出来るわけないだろう。総士は心底呆れたみたいに言う。俺はそれ以上は言わないで、ただ苦笑いを見せた。

 家に帰っても誰もいない、帰る時間すら惜しい。総士がアルヴィスに住み込んでいる理由は俺だって分かってる。ただ訓練だけすればいい俺たちパイロットと違って、ジークフリードシステムの調整、各メカニックとの打ち合わせ、父さんたちとの戦術的な話し合い、他にも色々、総士の仕事は多すぎる。
 それが僕の役割だって総士は弱音も愚痴も言わないで全部こなしてるけど、俺には危なっかしくて仕方ないんだ。


「…じゃあ、落ち着いたら」


 「何が」「どういう風に」落ち着いたらなのか。俺も総士も言おうとしなかった。ただ総士は少し考えてから、


「…考えておく」


 って言ってくれた。
 それで充分だって思った。





 もしって、考えたことがある。
 もし俺が総士を傷付けなかったら、俺たちはどうなっていたんだろう。
 一時も離れずに、親友のままでい続けられたんだろうか。
 もっと早くフェストゥムやファフナーのことを打ち明けてくれたりしたんだろうか。
 それとも――とはまた違う形で、もしかしたらよりもひどく、離れてしまってたりしたんだろうか。


 もしって考えた結果は、いくらでもある。
 だけど結局はもう全部が過ぎてしまったことで、今更に戻ってやり直すことなんてできない。
 だから今お俺が出来ることは――今の俺がやらなきゃいけないことは、もう離れないこと。


 もう二度と、絶対に総士から離れてしまわないことが、俺にとって1番大切なことなんだ。





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