――抱き締める。
 一騎は衣擦れの音で目を覚ました。隣にいたはずのぬくもりがいなくなっている。探し人は室内を見回すまでもなく見つかった。


「…総士」


 まだ薄暗い室内で総士の髪の明るい色は目立った。まだ結われていない髪が肩にかかっている。総士は一騎に背を向けて着替えていた。


「起きたのか」
「もう…朝なのか?」
「まだ早い。一騎は寝ていろ」


 一騎は緩慢な動きで上体を起こした。もう日は昇っているが室内まで充分な明かりが入ってきていない。大体6時くらいかなと一騎は見当をつけた。枕元に時計が置いているが、何故か確かめる気にはなれなかった。


「総士だって早いだろ…。何でもう起きてるんだ?」
「午前中に検査に来るように言われている」
「検査? 随分早いんだな」
「検査自体は9時からだが、それまでに片付けておきたい案件があるんだ」
「…そうか」


 総士はスカーフを拾った。赤いスカーフが手早く総士の首に巻かれていく。一騎の指が薄茶の髪の先に触れた。


「検査、多くないか。この前やったばっかりだろ」
「…定期的な検診は必要だ」
「…また」


 何か、言われたんじゃないのか。
 飲み込んだはずの言葉も隠しきれないのは相手が総士だからか。総士は口元に笑みさえ浮かべて否定した。

 総士が島に戻ってから既に2ヵ月を超える。一騎を筆頭として島民達はその帰還を喜んだ。
 ――だが、時間が経つにつれてある不安と疑惑が顕現した。フェストゥムへの憎悪と恐怖が根深い大人世代を中心として、少しずつ、しかし確実に広がっていった。

 人間でありながら一時はフェストゥムの側に組した、総士という存在への不信が。

 それは執拗な総士への検診という形で現れた。
 疑っているのだ。総士が「人間」でなくなっているのではないかと。身体的な検査以外にも精神的な検査も多く行われて、総士が「人間」だと確かめようとしている。


「いいや、一騎。…必要だからだ。いずれは不要になっていくさ」
「…」


 時間をかければ理解されていく、と。
 一騎も頭では分かっていても、それでも総士が悪く言われるのはやりきれない。

 総士はいつの間にか着替え終わっていた。一騎に背を向けて部屋から出て行こうとする。――一騎から離れようとする。
 一騎は総士を後ろから抱き締めた。


「…」
「…くな…」


 もう、何処にも、行くな。

 一騎の声は小さすぎて総士の耳にも届かない。だが届く必要もない。届かずとも届いている。そしてその答えも決まっている。


「…一騎」


 総士は首に回された腕に触れた。それは生半可な言葉を口にするよりもずっと確かな答えだった。








後書きと言う名の余計なコメント。

 後ろから抱き締めるって結構色っぽいと思いませんか? かなり好きなんですよ。絵で見るのも小説で読むのも。
 ちなみにすらっと流してますが、この2人、後朝です(笑)





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