SIESTA 「大佐、少し休憩を取られたらいかがですか」 「…」 「…何ですか、その顔は」 「いや、珍しいこともあるものだと…」 雨でも降るんじゃないのかと言いたそうに、ロイは窓の外を仰ぎ見た。生憎空は雲1つない快晴だったが。 普段逆のことばかり言っている自覚はあるのか。リザにさして気にした風はなく、続いた言葉も相変わらずの淡々とした口調だった。 「私も適度な休憩の必要性は認めています。普段は大佐が過度な休憩を取ろうとなさるから止めているだけです」 「…今日はいい天気だなぁ、中尉。ほら燕も高く飛んでいるぞ?」 「現実逃避なんかしてないで素直に休憩に行ってください。今日は朝から休みなしでしょう」 と言いながらも新しい書類を机に積むのは新手の嫌がらせなのか、ロイはそう思わずにいられなかった。 「休憩と言われてもな…。仕事が溜まっているから早く片付けろと言ったのは君じゃなかったか?」 「その通りですが、今のまま続けられても効率が悪くなる一方ですので。先程から何枚の書類を駄目にしましたか?」 「…」 あー言えばこー言うを地で行かれながらも、言う度言う度に厳しいお言葉をいただくためにロクに反論も出来ない。 結果、ロイはいつもいつも言い負かされている。そもそも最初から彼女に勝てたことがあったのだろうか――深く考えると悲しいことになりそうな疑問だ。やれやれ、と諦めが半分以上の嘆息を漏らして、ロイはペンを置いて大きく伸びをした。 「わかったよ、中尉。それじゃあ宿直室で仮眠してくるから、30分たったら起こしてくれ」 「それは構いませんが、大佐。宿直室は今満員ですよ」 「…何?」 「ハボック少尉の隊に瓦礫の片付けを24時間体制で命じたでしょう。疲れて宿舎に帰る気力もない者がずっと宿直室で休んでいるんだそうです」 「じゃあ私は何処で休めばいいんだ、中尉。家まで帰っていたら往復だけで30分は軽く過ぎてしまうぞ」 「何もベッドで眠らなくてもそこのソファでくつろげばよろしいでしょう。幸い今日は来客の予定もありませんし」 「ソファじゃ寝転べないじゃないか」 「座ったままでも仮眠は出来ます」 そして1分後には憮然とした表情でソファにもたれかかるロイの姿があった。 「では30分後に起こしに参りますので。何か飲み物も用意しておきます」 「ああ。…いや、待つんだ中尉」 「はい?」 一礼をして部屋を出て行こうとしたリザを呼び止めて、ロイは子供にするように来い来いと手振りした。訝しがりながらもリザがロイの前までやって来ると、ロイは急に至極楽しそうに笑って彼の隣を叩いた。 「…何なんですか、大佐」 「いいからここに座りたまえ」 「…?」 また何を思いついたのかは分からないが、このまま立っていても仕方がないのだろうと察し、リザはとりあえずソファに腰を下ろす。ただしロイのすぐ隣ではなくソファの端だ。 するとそれも予想の内だと言うような素早さで、ロイはソファに倒れ込んだ。 「…! 何をするんですか、大佐!」 「私は横にならないと眠れないんだ」 「大佐!」 ソファの横幅は丁度ロイの上半身と同じだけ。リザも座った上に倒れ込んだということは、即ち、現在ロイはリザの膝枕に頭を乗せている、という状況である。 「早くどいてください。あなたは休憩でも、私はまだ仕事が…」 「私に付き合って君も朝から休んでいないんだろう、中尉」 「…」 「忙しくても適度な休憩は必要なんだろう? おとなしく横になっていたまえ」 ふう、と吐かれたリザのため息が、ロイの前髪を揺らした。 「…これではあなたは休めても私は休めません、大佐」 「座ったままでも仮眠は取れるんだろう?」 「膝が重いんです」 「ああ、それはすまないな」 「全然すまなさそうに聞こえません」 「そうか? 中尉の気のせいだろう」 口元に笑みをたたえたままでは説得力などある筈もない。 ロイに体を起こすつもりは更々ないらしく、リザが押しのけようとしてもびくともしない。やがてリザが諦めるまで、さほど時間はかからなかった。 「…30分だけですからね」 「ああ、充分だ」 間もなく寝息が聞こえてきたロイに対して、リザは30分間ずっと起きていた。 結局膝に重量を抱えたままでは休息と言えなかったが、30分後にロイが目覚めた時の彼女は、とても良い顔をしていた。 |