あの時の痛みを覚えている。









proof of himself










「返事をしろハボック!」


 ハボックはうつ伏せに倒れたまま身動き1つしない。顔が向こうを向いているせいで様子を見ることすら出来ない。怪我の手当てをしようにも私自身が動けない――


「どいつもこいつも私より先に…くそっ!!」


 私の下について私の助力をするべき部下が、私が守るべき部下が、何故死んでいくんだ。
 ヒューズに続いてハボックも、など…絶対に認められない。


「貴様ッ! 私より先に死ぬ事は許さんぞ!!」


 私はまだ目的を果たしていないというのに、何故お前等は私から離れていこうとする? 私は――認めない。


「ハボ――――ック!!」


 ホムンクルスの足音が遠ざかっていく。私の声だけが周囲に響く。かなりの大声を出したにもかかわらず、ハボックはぴくりとも動かない。


 くそ…くそっ!
 また私は失うというのか!? 私はまた――あの痛みを繰り返すと言うのか!?


 そんなもの――絶対に――







 このままでは死んでしまうと言うのなら手当てをすればいい。私ではハボックの治療などできない。ならば医者を呼ぶだけの話だ。こんな所で倒れている暇などない。


「…くっ…!」


 脇腹を貫通した怪我からは留めなく血が流れている。このままだと立ち上がることも出来ない。

 だが立ち上がるしかないのだ。
 あの女は「まだネズミが入り込んでいる様だし」と言った。「そちらも始末してこようかしら」と。中尉を――これ以上、私の部下に手を出させてなるものか。


 目の端にライターが止まった。愛煙家のハボックがいつも持ち歩いている物だ。
 ――勝機が見えた。


 私は右手の甲に錬成陣を書き始めた。赤い線はすぐにどす黒く変色していく。震える指が目的以外の場所も血で汚す。
 だが、そんなことはどうでもいい。形振りなど構っていられるか。汚れても怪我をしても、目的さえ果たせればそれでいい。今はあの女を殺す、それだけだ。


 出来上がった錬成陣を元に、ハボックのライターを火種に、私は自分の腹を焼いた。
 自分の肉が焼ける臭いと激痛に気を失いそうになるが、気力だけでそれを堪える。

 血がやっと止まったから私はふらつきながらも立ち上がった。膝はつかない。壁に手をついても、絶対に膝はつかない。今膝をついたらもう二度と立ち上がれないだろう――それが分かっているからこそ。







「よく言った
 アルフォンス・エルリック」


 そうとも、私の目の前で死んでいくことなど我慢できない。もう二度と失うなどご免だ。
 私は守る――守り抜く。
 非情と誹られようとも何を犠牲にしようとも、私が守るべきものは全て。


「貴様はこう言ったな、『まだまだ死なない』と。
 ならば――死ぬまで殺すだけだ」


 敵は殺す――必ずだ。
 そうでなければ意味がない。――無駄死になどさせるものか。私に真実を知らせようとして死んだヒューズも、今死にかけているハボックも――中尉をも。
 必ずこの女を殺して助けてみせる。


「大佐!」


 中尉に抱き抑えられてやっと、自分が倒れたのだと気付いた。中尉は悲痛に叫んでいるが、怪我はなかったようで安心した。
 ――そうか、私は中尉は守れたのか。


「早くハボックに医者を呼んでやってくれ。頼む…」


 これでハボックは助かるだろう、…助かるはずだ。

 私は今度こそ守ることが出来たのだ。
 中尉には怪我を負わせずにすみ、ハボックには医者を呼んでやれる。
 何も知らず何も出来ず、ただ死を告げられたヒューズの時とは違う。

 ――私は、失わずにすんだ。








 私は許さない。
 絶対に許さない。

 私に敵対するもの、私のものを傷つけようとする全てを。

 相手が何であろうと関係ない。
 何であろうと必ず滅ぼしてみせる。






 もう二度と味わってなるものか――あの傷の痛みと、あの絶望感など。











失うことの恐怖を知っているからこそ、
立ち上がることが出来る。




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