自分は強いと思っていた。
 いいえ、思い込もうと思い込もうとしていた。あの人の手足となる為、強くなるべきだと。
 銃の腕を磨き、様々な戦術を叩き込み、あの人の右腕と呼ばれるようになって、強くなったと思っていた。


 全て錯覚だった。







raison d'etre








「きっ…さまああああああああ!!」


 憤怒。憎悪。絶望。
 それらの感情が混ざり合って泥水みたいに私の心を染めぬいた。ドロドロした感情とは裏腹に、頭と体は奇妙なほど冷めていた。

 肩に力を入れないで、まっすぐ敵に標準を合わせる。両手で銃をしっかり固定するが引き鉄を引く力は最小限に。常に残弾の数を把握しておいて、無くなったら即座にマガジンを交換する。マガジンが無くなったらすぐに次の銃に持ち替えて敵を撃つ。

 …全て撃ち終えた時、あの女は何度も何度も死んだはずだった。それなのに死んでいなかった。


「終わり?」


 女の声が酷く遠くに聞こえた。
 私は殺せなかったのだ。大佐を殺したと言うこの女を。

 大佐を、…大佐が。




 大佐が、死んだ、と。




 憤怒も憎悪も消えた。ただ絶望だけが残った。絶望と、そして悲哀が私を支配した。
 泣いた自覚も膝を付いた自覚もなかった。


「本当に愚かで弱い
 悲しい生き物ね」


 その通りだ。
 私は、大佐を守って死ぬ覚悟は出来ていた。大佐が生きているのなら、私は死んでも構わないと思っていた。
 それなのに。大佐を亡くす覚悟は出来ていなかった。…そんなことは有り得ないとすら考えていた。
 私が守るのだからと、傲慢になっていたのだ。

 大佐が死んだと告げられて、私は立ち上がることすら出来ない。
 強くなったなんて思い上がりも甚だしい。

 私は弱い。
 大佐の手足になって守っているつもりだったのに、守られていたのは私の方だった。
 『私』という存在を立ち上がらせるためには、『大佐』という支えが必要なのだ。




 もう立ち上がれない。




 アルフォンス君が私を守ろうとしてくれていることに気付いた。
 優しいアルフォンス君のことだから、死にたいと思っている私ですら助けてくれようとしているのは分かる。普通なら喜ばしいことのはずのそれも、今の私にはお節介でしかない。


 逃げて、生き延びて、そしてどうなると言うのだ。
 大佐が死んだというのなら、私だけが生きていても仕方がない。人形のようにただ生きるだけになるのは目に見えている。

 『大佐』と言う支柱を失い、『私』という家は壊れたのだ。今はまだ壁と他の柱とで辛うじてもっているが、じきに全て倒壊する。


 だから私は…


「よく言った、アルフォンス・エルリック」


 ――!?

 耳を疑うまでもない。私が間違えるはずがない。この声は、最も慣れ親しんだこの声は!


「大…」


 アルフォンス君が止めてくれなければ、私は大佐の焔も目に入らずに駆け寄って行ったことだろう。
 壁と焔の向こうに、大佐が立っていた。左脇腹に怪我を負って脂汗を流している姿ではあったけれど、大佐の目はしっかりと生きていた。生きて、私の前に立っていた。


「大佐!!」


 女が死んですぐ、大佐は床に倒れこんだ。やはり尋常な怪我ではなかったのだ。傷を焼いて塞いだと言っていた以上、普通に治すよりも時間がかかるだろう。それにどれだけ出血したかも分からない。腹部はただでさえ出血が多い場所だ、早く輸血しないと…!


「しっかりしてください!!」
「ああ中尉、無事だったか」
「ご自分の心配をなさってください!!」


 それなのにこの人は何を言うのか!
 私はアルフォンス君に守られたお蔭で怪我は1つもない。いいえ、もし私が怪我をしていたとしても、何より優先すべきは大佐のことなのに。私の怪我なんてどうでもいい。そう、この人さえ生きていればどうでも!

 だから生きて…!







「本当に愚かで弱い
 悲しい生き物ね」


 そうだ、私は愚かで弱い。大佐を失ったら生きていけない、悲しい生き物だ。

 だけどそれでいい。大佐は生きている。大佐が生きてさえいれば、私は強くいられる。
 そしてもう二度とこんなことが起きないよう、これまで以上に大佐を守ればいい。


 そうすることで私は、――そうすることが私の。








絶望の先に手に入れたものは、
弱さを自覚した強さ。




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