花
「おや、マイアさん。珍しい格好ですね」
「うん。…おばさん達が」
なるほど、とニッカがうんうんと頷く。ニッカの言葉通り、今日のマイアは盛装と言っていい程に着飾っていた。
普段のマイアは水夫と変わらない質素な服を纏っている。今の境遇からすればおかしくない服装だが、幼いながらの美貌を考えると勿体無い話だ。
緑を基調にした膝丈のシンプルなドレスと日を避ける為の紗のヴェール。緑は金の髪が映える色だ。胸元には小さなネックレスも下げている。
折角もとがいいんだから、たまには娘らしい格好をおしよ。
ニッカ達8番艦クルーの母や娘達が寄って集ってマイアを飾った結果である。まだ素顔のままが1番可愛い時期だろ、と化粧は勘弁されたが、淡い桜色の紅だけは引かれてしまった。
普段の格好が格好なのでマイアとしてはこんな格好で出歩くのには少し抵抗があったのだが、綺麗になったんだから男共に自慢して来な、と追い出されてしまっては仕方がない。なるべく人気の少ない方、少ない方を選んで歩いた結果、ファンがよく昼寝をするスポットに来てしまったようだ。ニッカのすぐ後ろに仰向けに寝転がったファンが見える。
寝てるのかな、とマイアが身を乗り出すと、ばっちりファンと目が合ってしまった。
「あ…、お、起きてたんだ」
「さっきニッカに起こされた。なんだ、随分と」
「随分と…?」
ファンは上体を起こした。普段と違ってマイアがファンを見下ろす格好だ。マイアは自分の心臓がどくんと大きくはねたのを感じた。
ファンが薄い目で見上げている。少しは顔を隠してくれるはずのヴェールも下から見上げられては意味がない。白い頬に朱が差す。
「てかてかした格好だな」
「て…」
てかてかって、何。
頬の紅潮が消え失せた代わりに口が尖る。そんな顔をしてしまっては折角の別嬪さんも台無しと言うものだ。
マイアが期待していた言葉など分かりきっている。ニッカはいつもの呆れた目を落とした。
「俺達の母親連中が楽しんでるんですよ。前からマイアさんを着飾るチャンスを狙ってたみたいで」
「…そうなの?」
前から目を付けられていたとはマイアも初耳だった。実はおばさん連中はファン達が海都に落ち着ついた直後からマイアを狙っていたのだが、知らぬは本人ばかりなり、である。
普段とはかけ離れた格好である為に始終照れ臭そうなマイアではあるが、やはり女の子、こういう格好も決して嫌いではない。偶然でも折角ファンに会えたんだからと感想を聞きたい気持ちも無かったとは言えない。
しかし「てかてか」などと言われては、そんな気持ちも吹き飛ぶと言うものだ。
「…着替えてくる」
「え、もうですか? まだ昼ですよ」
「いつもの方が動きやすいもの」
くるりとマイアは2人に背を向けた。その心中でばかと罵るのを忘れない。さっさと着替えさせられた部屋に戻ろうとしたマイアに、思い出したかのように声が掛かる。
「マイア」
「…何」
引き止められたのが嬉しくとも振り向かなかった、それはマイアのせめてもの抵抗だ。
「なかなか似合ってるんじゃないか?」
「え」
咄嗟にマイアは振り返ったが、ファンはまた寝転がってしまっていた。言うだけ言ってまた昼寝に戻るつもりらしい、もう目を瞑っている。マイアは喜色満面、上気した顔で逃げるように去って行った。
ニッカはマイアには聞こえないように悪党と呟いた。
2時間後、昼食時にニッカがマイアを見つけた時、彼女はもう普段の服装に戻っていた。
「あれ、本当に着替えちゃったんですか。勿体無い」
「いいの。歩き回って汚しちゃ悪いし、それに…」
「それに?」
ちら、とマイアの視線が揺れる。一瞬だけ向かった視線の先は、今更確かめる必要もない者で。
「…ううん、なんでもない」
マイアの白い肌は少しでも紅潮するとすぐに分かる。
そんな顔でなんでもないと言っても説得力なんてないですよーとは流石にニッカも言えず、ただ悪党な艦長に責任取りなさいよと念を送っておいた。
祝・川原2作目。
マイアは可愛い子ちゃんですよね、本当にね!
そしてファンは全部分かった上でわざとあーゆー言い方をしたに決まってると思うのです(笑)
海都に緑だなんて色の服があるのでしょうか。あーゆー暮らしの人々は、花とか木の根とか虫とか鉱物とかを加工して染料を作り、それで白布を染めるものなんですけどね。緑の染料の原料を知らないので海都で緑の染布が可能かどーか不思議です。
海の傍(てゆーか海の真っ只中)の海都で蚕の飼育が出来るとは思えないから絹織物は外からの持込になってきますよね。持込だと当然かなりの貴重品な訳ですよ。第一実用一辺倒な格好をしている皆さんが、ドレスやら日避けのヴェールやらの非実用的な服を持っているでしょうか? ソルのおかーさま(三姉妹の母じゃなくて実母の方)じゃあるまいし…(あの人なら確実に持っていそう)
…現実的に考え出したらキリがないデス…。