私がこの男の考えていることを完全に理解する日なんかきっと来ない。
 私にこの男が考えていることを完全に理解させる日なんかきっと来ない。







見詰めるものは







 穏やかな、穏やか過ぎる程の陽光だった。海からの照り返しも感じない程に。


「…下りないの?」
「ん?」
「久しぶりなのに」


 ファンはいつも通り、デッキで1人空を見ていた。面倒だから、とお決まりの返答が返ってくるのも分かっていた。
 前の寄港地からこの港に来るまで1ヶ月もかかった。船の揺れや航海中の食事にはとっくに当たり前だと思えるようになったのに、それなのに陸地を見るとほっとするのはやっぱり私が海の育ちじゃないからなんだろうか。
 私とは逆にファンは海にいる時の方がリラックスしているようだ。船が港に着いても自分から好んで港に下りることは少ない。もっとも普段から「自分」というものを全然見せない男だから、何となく私がそう感じているだけなのだけれど。


「お前は?」
「…いい。用もないもの」


 久しぶりに揺れない陸地を歩きたい気持ちもあった。だけど止めた。今は陸地よりもファンを見ていたかった。

 ファンの本質は海にあるんだと思う。トゥバンと並び称されるだけの剣の腕と、海の一族をして随一と言われる海戦術。そのどちらも所有しているファンがどちらを無くさなければいけないとなると、ファンはきっと躊躇いもなく前者を殺すだろう。
 …それとも。私がそう思っているのも全て、ファンの差し金なのかもしれない。私はそう思わされているだけなのかもしれない。
 いつもいつも本意を隠して常人の何歩先の手も読みきった態度を取る、この男に。


 以前王海走の後にファンが私に「本音」を語ってくれたことがあった。
 あの時は「私だけに」話してくれた、というのが嬉しかった。勿論それは私がファンの部下じゃないからで、私がファンの「特別」になったからじゃない、というのは分かっていた。分かっていた上で、嬉しかった。
 だけど、って今は思う。
 あの時語ってくれたのは、本当にファンの「本音」だったんだろうかって。
 全部が全部嘘だったなんて思わない。だけど全部が全部本当だったとも思えないし、言わなかったこともきっと沢山ある。

 ファンは誰にも自分の本意を悟らせない。副官のニッカさんですらファンの真意を理解しきってない。ニッカさんも他の八番艦のクルー達も皆、ファンが真意を出さない人だって分かった上でファンに惚れきってる。
 疲れないのかなって思う。私なんかにはとても出来ない生き方だから。
 だけどファンは疲れたりしないんだろうなって思う。私が当たり前に私の生き方をするように、ファンがこの生き方をするのもファンにとっては当たり前のことなんだろうから。


 だから、でも。
 ファンが見ている物を見てみたいって、そう願ってもそれは無理な話なんだろうか。
 私には私の生き方しかできないみたいに、ファンの生き方を真似できないみたいに、ファンの見ている物はファンにしか見えないんだろうか。


「何が見えるの?」
「雲、それから太陽だな」


 ファンが見上げる先には大海原の上に広がる広大な空。
 私は空を見上げないで、ずっとファンを見ていた。






誰に無理と言われても、わたしは。






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