「なんでアンタがこんな所にいるのよ!?」
「ああ? 善良な一市民が祭りに来ちゃいけねえのかよ」
「善良が聞いて呆れるわね。今日こそ逮捕して…」
「何の容疑でだ? 今日は俺何もしてねぇぜ?」
――!」


 女は反論する言葉を見つけられず、男はクツクツと笑う。
 女が白地に朝顔を染めた浴衣を着ているのに対し、男は全身黒のライダースーツに鋲の入ったジャケットを羽織っていた。その服装と言い粗野な容貌と言い、バイクでも走らせていたらさぞ似合うだろうが、縁日には全くもって似合っていない。
 女は憎々しげに男を睨み上げる。DDのリーダーにして多くの事件の重要参考人。しかし確たる証拠が1つとして得られないので現行犯でしか逮捕できない憎たらしい奴。
 そして今日は男の言う通り何の事件も起きていなくて、更に言うなら女は非番で手錠の1つも持っていなかった。


「まぁ、何だ。馬鹿どもとツーリングついでに花火見物に来たら珍しい奴を発見してな。俺自ら声を掛けてやったんだ、光栄に思え」
「誰が思うかっ!」


 しかし、そう思う者が多いのも事実。この男は葛根市においてある種のカリスマ的な存在だ。声を掛けられるどころか姿を見るだけで感激する者だっている。
 だが女にはそんなことも腹立たしいだけだ。過程はどうあれ結果的にヤり逃げされた男に声を掛けられて誰が嬉しがると言うのか。


「大体、お前こそ1人で何やってんだ? 男漁りか?」
「そんな訳ないでしょうが! 梓さん達に誘われたのよ!」
「で、はぐれたと?」
「人聞きの悪いこと言わないで頂戴。気を利かせたのよ。合流時間はきちんと決めているわ」
「ほほー、てこたぁあいつら上手くやってんのか。いい加減に童貞は卒業したかよ?」
「知るか――!」


 公衆の面前で何を口走るか、と女がいきり立っても男は何処吹く風、だ。完全に女の反応を楽しんでいる。
 女は2、3回深呼吸をして自分を落ち着かせると、ふいに、がしり、と力強く男の手首を掴んだ。


「…なんだ? ベッドのお誘いにしちゃ色気がねぇな」
「ちょっとそこの派出所まで同行してもらうわ。逮捕状が無くてもアンタが重要参考人なのは変わりないんだから」
「…へーえ?」


 男はあえて女に逆らわなかった。にやにやといつもの笑みを浮かべて引っ張られていく。その態度が不気味で、沈黙に耐えかねたのは女の方だった。


「…どうして黙ってるのよ」
「ん? たまには掴まってみるのも面白いかと思ったんだが」
「アンタが? 気味が悪いわ。絶対に何か企んで…」
「気が変わった。やっぱヤメだ」
「え」


 歩くにも精一杯の人ごみは抜けたと言っても、そこは公道である。縁日に行く人帰る人でごった返している。言ってみれば衆人環視の場所で。
 男は女にキスをした。


――!」
「迷惑量としてもらっとくぜ」


 いつの間に手を外されていたのか、男はじゃあな、とひらひらさせて退散した。あのニヤけた極上の笑いを残して、女には一度も振り返ることなく。


「…っ、ヤり逃げしてんじゃないわよクソ野郎――!!」


 その絶叫がまた男を一層楽しませることになるのだが、それは女のあずかり知らぬ話。





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