21,熱は冷めない






「逃げられた?」
「そう。ものの見事にね」
「…そうですか」


 私は自分でも不思議なほど冷静に応えた。同僚は私が怒るとでも思っていたのか、少し拍子抜けしたようにしている。


「そんなものでしょう。ろくに準備も出来ていないのに、アイツが捕まる訳ないわ」
「…まぁね。今回は功を焦ってたみたいだし」


 直前になってパーティの情報が入ったと言う話だった。時間がないということでとにかくその場にいるものをかき集め、ろくに計画もないままに現行犯逮捕に踏み切ろうとして――結果、ものの見事に逃げられた、ということらしい。
 今回の指揮を執った警官はつい先日葛根署に配属されたばかりのキャリア組だった。キャリアはキャリアらしく適当な出世コースを進んでいけばいいものを、変に功を立てようとして甲斐氷太に目を付けた。

 …馬鹿馬鹿しい。

 ぎ、と奥の歯がきしむ音を聞いた。
 あの男がその場の勢いでなんか捕まる訳がない。何日も前から計画して人員を集め、包囲網を固め、いざ、と逮捕に踏み切っても、それでも逃げ切る奴だ、アイツは。


「皆見って、時々奇妙な言い方するよね」
「…は? 奇妙ですか?」
「そう。まるで実際に甲斐氷太本人を知ってるみたいな口ぶりになってる」
「…」


 この同僚は本気で言っている訳じゃない、というのは分かるけれど、それでも私はやっぱり内心で動揺してしまった。
 警官という職業上、元セルネットの細胞だとかDDのメンバーでしたとか、そういったことは全部秘密にしてある。さすがにそれがバレたところでクビにされたりとかはないだろうけど、立場がよろしくなくなるのは目に見えているから。


「…気のせいですよ。甲斐の行動パターンとかを推測してるだけです」
「うん、ま、そうだろうけどね。凄く上手いからさ」
「お褒め下さり光栄です、とでも言っておきましょうか?」
「あはは、やめてよそんな鯱張った言い方」


 そう言って笑う同僚はこれから失敗したチームのお出迎えに行くらしい。急ぐ業務もなかったから私も付いて行くことにした。
 失敗して項垂れている面々を見て、私は何とも言いがたい気分になった。




 私は実際に甲斐氷太を知っている。とても深く、沢山のことを。
 こんな面々に捕まるような男じゃないことも、アイツのためなら命くらい軽く差し出す奴等が幾らでもいることも、そいつ等を邪険に扱いながらも絶対に見捨てないことも。
 アイツのことなら何でも、とは言わない。だけど沢山知っている。


 だから私以外の誰にも捕まって欲しくない。
 アイツを捕まえるのは私の役目だから、私が捕まえるまでずっと追いかけて、誰にも捕まらないで。
 アイツは警察に捕まるようなヘマをする男じゃないって知ってるから。


 あの決別の時からこの気持ちはずっと収まらないで私の中で確かに燻り続けてる。
 アイツと決別してすぐの頃は絶対に認めたくて、悔しいけど今なら認められる。





 私は今でもアイツが好きなんだわ。







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