目隠し







 何度訪れても何度探し回っても、誰もいない無人の城。
 私が継ぐはずの、私が継ぐべき城が、
 今は、ない。

 ない。



「…」


 汗を掻いていた。さすがに真夏でもないからぐっしょりということはないけど、この季節にしてはかなりの量。…寝苦しいから、だけじゃなくて。多分冷や汗も混じってる。
 音を立てないよう、ゆっくりと身を起こした。皆は静かに眠っている。幌の向こうも真っ暗で、まだ夜明けには遠いみたい。私は無意識にクリフトの姿を探して――、怖くなった。
 
 ――いない。


「…クリフト?」


 小さな、でも響く声で。


「クリフト」


 いつも傍にいる、彼の名前を。


「…クリフト!」


 いつかいなくなってしまうかもしれない人を――


「…あ、姫さま。起きられたんですか?」
「…あ…」


 必死だった呼び声には、のんびりとした返事が返ってきた。外に行っていたみたい。出来るだけ足音を立てないように、ゆっくりと私の傍に。


「…何処に行っていたの?」


 クリフトが見つかった安心感は、そのまま彼を責める口調になってしまった。
 クリフトは悪くないのに。私にクリフトを責める権利なんて、ないのに。
 それなのにクリフトはすみませんと呟いて、湿ったハンカチを私の額に当てた。


「冷た…」
「姫様がうなされておいででしたから、汗を拭いて差し上げようと思って。ハンカチを濡らしに行ったんです」
「…」


 クリフトはゆっくりと私の顔を拭ってくれた。程よく湿ったハンカチと優しい手つきはとても気持ちよかった。私はうっとりと目を閉じて、クリフトに身を任せた。


「…夢を見たの」
「夢、ですか?」
「そう。
 …誰もいないお城の夢。探しても探しても、誰もいないのよ…」


 きゅう、とクリフトの手を握り締める。
 怖い。誰もいない城は、何の価値もないみたいで。お父さまやお城の皆も勿論心配だけど、同時に私が怖れることは。

 からの城の王女など、何の価値も無いんじゃないのという、不安。


「…ここに、いるわよね…?」
「姫さま?」
「じいもクリフトも…ここにいる、よね…?」


 無価値な人間の傍になんか誰も立とうと思わない。
 私に価値が無いのなら。じいもクリフトもいなくなってしまうんじゃ――


「…ここにいますよ」


 クリフトが手を握り返してくれた。私よりも大きい男の人の手。とても暖かいくて、それだけで、私は。


「私もブライさまも、ここに――姫さまの傍にいます。だから安心して眠ってください」

「…うん」


 クリフトは私が眠るまでずっと手を握っていてくれた。暖かいぬくもりに触れていたお陰で、朝までぐっすり眠った。


 心にひそむ不安は消えないまま、手のぬくもりで誤魔化して。








この一時だけでいいから。



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