1/3の純情な感情・3
直前で引き抜けたのは奇跡に近かった。
「…ッ、は、」
びゅ、って妙に間の抜けた音を立てて腹の上に白濁が飛び散る。大きく深呼吸したらすぐに息は収まってくれたからさっさとティッシュでソレを拭った。腹の上にぶっ掛けられて気持ちのいい物じゃない。
「べつに」
背中越しに声を掛けられる。十代目の声は散々喘がせたせいで擦れてしまっていた。早く水を、と思って、オレは早々にズボンを引っ掛けた。
「中に出してくれても良かったのに」
「ご冗談を。後の処理が大変でしょう」
ゴムを切らしていたなんて何て失態だ。中出しなんてしたら十代目に負担をかける。十代目が気を休める為にお相手をさせて頂いてるのにオレだけが気持ち良くなってどうする。
背中を向けていたから見えなかったはずだけど、苦笑した気配だけは察してくれたらしい。十代目がくすりと喉を鳴らすのが聞こえた。肩越しに振り返ったけど十代目は反対側を向いて座っていた。
「どうぞ」
「うん、ありがと」
差し出した水は一気に飲み干された。…そんなに無理をさせたっけな、って不安になる。2杯目の要求は無かったからそうでもないのか。十代目が飲み干したグラスはサイドテーブルに置かれた。オレも自分用に汲んだコップを一気に飲み干した。
「あのさ、獄寺君」
「はい?」
「好きだよ」
「はい、ありがとうございます」
言葉で酬いてくれるのは嬉しい。が、やっぱり照れる。恋人でもない相手でも素直に好きって言えるのはこの人の美徳の1つなんだけどな。
この人の「特別」になりたかった。この人にとって掛け替えのない人間になりたかった。
最初は「唯一」になりたくて意地を張ってたこともあったけど到底そんなことはムリだってすぐに気付かされた。十代目はとにかく器が大きい。その大空のような大きな懐にはたくさんの人間を迎え入れてて、そいつらを全員排除するなんて絶対ムリだし、そんなことをしたら十代目が十代目でなくなる。オレも含めた全員それぞれが大切だから全員を守っている、それが十代目だ。
だからオレは、その全員の中でももっと「特別」を目指そうと思った。そしてそれはかなり実現できている、って言っていい。十代目が動く時に先には抜かりなく準備をしておけるよう、十代目のお考えを先に察することもできるようになった。若い頃の自称右腕じゃなくて、自他共に認める十代目の右腕になれた。
…なった、はずだった。
「…まいったな」
独り言のように呟いた十代目は、何でか困ったような顔をしていた。
十代目の右腕と呼ばれるようになり、十代目のことは十代目ご自身よりも分かるようになれた、はずだった。
なのに何で、ふいに時々、十代目をこんなにも遠く感じてしまうんだろう?