彼らだけの特権
決算を終えた書類を整える様子をじっと見ていた。
見つめていた、と言うよりはにらんでた、って言う方が正しい。気付いた獄寺くんは十代目?って声を掛けてくる。おれはうん、とだけ応えた。まるで答えになってない。
「何か他にご用でもありましたか? …あ、来週の会合なら、山本が」
「あのさ、獄寺くん」
「はい」
自分に向けられる意識に気付くのは早いくせに、その意識がどういう種類のものなのか気付くのは遅い。遅いって言うか、分からない。
はっきり言葉にされるまで全然気付いてくれない。これじゃあ意識を向ける側は大変だ。昼間のあの子もそうだし、おれだって何年もかかった。
「うちのメイドをナンパしたらダメだからね」
ついさっき偶然覗いてしまった光景を思い出す。緊張と興奮で顔を赤らめながら好きですって言葉に万感を込めて告白していた女の子と、「悪ぃけど」の一言でバッサリ切って捨てた獄寺くん。
見ての通り獄寺くんはきれいな顔立ちで、おまけに老舗マフィアの次期ボス(おれ)の右腕で出世頭だったりするから、こういうことは昔から絶えたことがない。偶然見かけてしまったのも10回や20回じゃないし、獄寺くんの断り方も堂に入ってる。
…の、だけれど。
「…どっちかっつーとおれの方がナンパされてた立場ですけど」
「うん、分かってるけどね」
ちょいちょいと手を振って呼び寄せる。机の前を回っておれのすぐ横まで。
おれは椅子に座ったままで獄寺くんは立ったままだから高さが違いすぎる。無理矢理ぐいって引き寄せて、勢いそのままにキスを押し付けた。
はっきり言って色気も何もない。歯が当たって痛かった。
「…この家できみにこーゆーことしていいのはおれだけだから」
「…何当たり前のこと言ってんですか」
屈んだ体勢そのまま、獄寺くんはおれの顔を両手で包んだ。切なげに細められた目に映るのはおれだけだ。
うわ、ずるい。おれがこの顔に弱いって知っててやってるんじゃないか。そう疑いたくなるような至近距離で、おれだけの特権を囁いた。
「この家でもこの家じゃなくても、おれがこーゆーことするのは十代目にだけです」
何故か獄寺くんは最初のキスだけは躊躇いがちで、おれはすくい上げるように自分からキスを強請った。