気温は17℃程度、風は緩やか。五月上旬のやわらかい陽光が南向きの窓から差し込んでくる。  約1ヶ月ぶりにもぎ取った休みを満喫するのに相応しい、非常に心地よい気候だと言える。さらに今日は運良く彼女も休暇中だったりするものだから、彼氏が久しぶりにデートをしようと思っても何ら罪はないだろう。
 特に予定は決めていないので、彼女の家まで迎えに行った後は2人で散歩がてら出掛けようかと考えていたのだが――

 午前10時12分現在、アスランはカガリの胸に顔を埋めていた。







たまには一日中部屋の中で







(…何でこんなことをしてるんだ、俺は…?)

 約15分前、アスランはカガリを迎えに彼女の家までやって来た。彼女が自分の足で歩きたがるのはわかっていたから、車ではなく公共機関と徒歩で。
 侍女達の取次ぎを省略して自ら玄関でアスランを迎えたカガリは、彼の顔を見るなり満面の笑顔を曇らせて、有無を言わせずにアスランを居間に連行した。侍女がお茶を運んでくるまでは口を尖らせて座っていたのだが、侍女達が姿を消すや否や立ち上がり、いきなりアスランを抱き締めたのだった。

 カガリが立ち上がっているのに対してアスランは座ったままなのだから普段とは逆の身長差が出来てしまっている。その状態で抱き締められたらカガリの胸とアスランの頭が同じ高さになるのだ。
 幸か不幸かで判断するなら男には間違いなく幸せな状況だが、同時に落ち着かないのも事実だ。特にその行為の理由がわからなければ尚更。

「カガリ…?」
「うるさい、黙ってろ」
「…」

 抱き締められてから早5分以上。ずっとこの調子である。カガリの表情を伺おうにも体勢のせいで全く見えない。どうしたものかと思案しても答えは出ない。結局はいつもの通り、カガリの好きなようにさせてやろうと諦めるしかないのだが…

「…どうしたんだ?」

 手持ち無沙汰にしていた腕を背中に回し、軽く抱き締める。ほんの数秒そのままで膠着した後に、カガリが呻くような低い声を発した。

「どうした、はお前の方だろ」
「え?」

 カガリが急に身体を起こしたので顔に触れていた柔らかな感触も消えた。ここでつい勿体無いと思ってしまうのはやはり悲しい男の性か。
 とりあえず腕が背中からずれ落ちたから腰の辺りで指を組み、カガリを抱き込むようにした。そしてようやく拝めたカガリの表情は、…問答無用で怒っている。

「何日、休んでないんだ」
「…カガリ?」
「疲れてるくせに無理してまで会いに来るんじゃない!」
「…」

 当然アスランに無理をしているつもりはなかった。確かにこの1ヵ月は仕事が立込んでいて疲れが溜まっている自覚はあったが、だからといって無茶というほどは身体に負担は強いていないし、――表にも出していないというのに。

「・・・無理なんかしていない」
「嘘吐け」
「本当だ。最近は確かに忙しかったけど…」
「忙しかったら疲れて当然だろ」
「だから充分休養は取っていると…」
「嘘吐け! なら何でそんなにだるそうなんだよ!?」
「…カガリ?」

 少女の目にはいつの間にかうっすらと涙が滲んでいた。
 怒って感情を高ぶらせて、最後には涙まで流す。泣き落としみたいで嫌だと彼女自身は嫌っていたが、アスランがこの涙に弱いのも事実だった。自分のためではなく他人のため、アスランを本当に心から案じて流す涙だから。
 腰に添わしていた手を眦に寄せた。そ、と触れると溜まっていたその水がアスランの指を伝う。ただの体液の一種、眼球を守る用途しか持たないはずの存在なのに、こうして流れるカガリの涙は、ひどく綺麗だ。

「…そんなに疲れているように見えるか?」
「…一目瞭然だろ。隠せると思う方が馬鹿だ」
「カガリ以外は誰も気づかなかったけどな」
「じゃあ皆も疲れてるんだ」

 ことなげに言い放つカガリに思わず失笑が漏れる。
 本当にカガリは、こういうことに関しては異常に鋭い。零れ落ちそうなもう片方の涙も拭い取ってから、じゃあ、とアスランは白旗を上げた。

「今日のデートは中止か?」
「…それは嫌だ」
「我侭だな。休ませたいんじゃなかったのか?」
「そうだけど。
 …仕方ないだろ。そりゃアスランは休ませたいけど…一緒にいたいのも本当なんだから」

 むすっとした顔でさらりと可愛いことを言ってくれる恋人に、アスランは一瞬だけ優しく微笑いかけた。そして次の瞬間にはカガリの腰を引き寄せ、抵抗する暇もなく全身を抱き込む。

「…うわっ!? アスラン、何を…!」
「それならこうしていようか」
「こうって…どうだよ!?」
「だから、こう」

 アスランの胸に手をついて、カガリはやっとのことで顔を上げる。
 そして見上げた先には勝者の表情を浮かべた恋人の顔。

「これなら一緒にいられるし、体も休められる。一石二鳥だろう?」
「…っ」

 体を離そうにもがっちりホールドされていてろくに身動きが取れない。真っ赤になった顔を見られるのが嫌でそっぽを向いたが、この至近距離ではどうやっても隠しようはなく。忍び笑いを漏らすアスランに、カガリは自棄っぱちに吐き捨てた。

「…好きにしろっ!」
「ああ、好きにする」

 アスランはその言葉に甘えてこめかみにキスを施したが、さすがにそこまでは許してくれず。
 ろくに身動きが出来ない中であるというのにも関わらず、それはそれは見事な頭突きが炸裂したのだった。








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アトガキ


 ……………。
(ただ今笹本は自分で吐いた砂山から這い出ております。少々お待ちください)

 甘…!

 リクエスト『砂吐きアスカガ』で御座います。
 さぁどうですか甘いですよね甘いですよ砂吐きますよ少なくとも私はね! もうこれでまだ甘くないと言われても私にはどうすることも出来ないです。これ以上甘い話は書けない…とは言いませんが。いつか書くかもしれないから。
 でも今の私にはこれが限界です。甘いです。
 つーかこれ本当に私が書いたのか、という気がしてきた…<言い過ぎ