きっかけは何だか忘れた。多分また些細なことだったと思う。





日々の営みは全てが育むための糧となり





 些細なことを見咎めた俺がカガリに忠告して、カガリがいつものように煩がって、それが口論の元になった…。
 何のことはない、日常と言ってしまえる出来事だった。いつものように、少し落ち着いたら俺かカガリのどちらかが折れて、それで片が付く…日常になる筈だった。

 カガリの衝動的な一言がなければ。


「アスランなんか嫌いだっ!」
「…な」


 カガリは言うと同時に走って逃げてしまい、後には呆然とたたずむ俺一人が残された。


「嫌い…って…」


 初めて、だった。カガリに「嫌い」と言われたのは。
 今まで何度も口論してきたし、馬鹿だのへたれだのと言われたことは数限りないが…、それだけは言われていない。


「…本気か?」


 一人残された状態で、俺の呟きに応える人はいなかった。





 勿論、本気な訳がない。
 カガリが口論の末に言い捨てる言葉なんか十中八九どころか100%勢いに乗せて口走っただけで本気の欠片もこもっていないのはとっくに解りきっている。付き合い始めた最初こそ口論の度に悩みもしたが、流石に一年以上も経験を積むと何とも思わなくなった。
 だから今度の「嫌い」も本気な筈がなく、いい加減カガリも落ち着いた頃だろうから仲直りをしに行こうと思うんだが…

 …一度も言われたことのない、決定的な一言だ。もしかしたら、と躊躇ってしまい、踏み出せない。


 出したくもないのに憂鬱で重いため息が出る。
 …まったく、どうしたものか。カガリの部屋の前まで来たものの、ノックする勇気が出ない。最初に何から切り出せばいいのか分からない。
 これまではどうやっていたんだったか。

 …大半は「落ち着いたか?」と言っていた。それからカガリは憮然とした顔で頷いて、お互いに譲歩する。
 だが今回の場合、それでいいんだろうか?
 カガリは「嫌い」と言ったんだ、まずその本意を聞くのが先じゃないか? ああ、いやしかし本音な筈がないから、いつも通りでも構わない筈…。…本当に?


 …どうしたらいいんだ…。


 何時までもここで途方にくれているわけにもいかない。喧嘩の仲直りは早い方がいいと言うし(そう言えばそう教えてくれたのはカガリだったような気がする…)、いつまでもこんなことをしていたら折角の貴重な休みが無駄になる。早くドアをノックして、カガリに謝って…
 …それですむんだろうか。

 もしあの「嫌い」が本気だったらどうすれば…





 結局10分も悩んだ末、中から勢いよく開かれたドアに頭を強打された。
 不意に顔を合わせてしまってお互い気まずい雰囲気の中、カガリはご免と言った。


 嘘だから、ご免と。


 安心したのと嬉しかったので抱き締めたら強硬な抵抗にあったが、照れていても本気で嫌がってはいなかったから良しとしよう。






些細な言葉が刃となり、
些細な言葉が薬となる。





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