『さすがきれいごとはアスハのお家芸だな!』


 叫んだ少年は強い目でカガリを見上げた。
 怒り、憎しみ、憤り、全ての負の感情を詰め込んだようなあの目を俺は知っていた。

 あの目は――俺がキラを殺した時の目だ。





破魔の姫君






 あの時の少年――シン・アスカが俺を見る目はあの時よりは幾らか緩んでいた。ルナマリアというあの赤毛の少女から俺の経歴を聞いたからだろう。確かに今まで俺は「きれいごと」の人生は歩んでいない。それでも今はオーブに、カガリの補佐をしている俺を認めきれない、といった所か。


「…君はオーブが、…アスハが嫌いなのか?」
「…当たり前だ!」


 シンは予想通り激昂した。今にも俺の胸倉を掴みかかりたい――そんな表情をしている。気が高ぶりやすく攻撃衝動が高い、…昔のイザークに似ているかもしれない。


「アスハがいつまでもどっちつかずのきれいごとを言っていたから、オーブは戦場になったんだぞ!? そのせいで…!」


 そのせいで、大切な誰かを亡くしたんだろうか。俺がユニウスセブンで母を亡くしたように。
 だとしたら、彼と俺は似ているのかもしれない。少なくとも力を欲した理由は――


「だが連邦に協力していたらザフトに攻められていただろうし、ザフトに協力していたら連邦に攻められていただろう。君の言う『どっちつかずの態度』を取っていたからこそ、あの時まで戦場にならずにすんだんじゃないのか?」
「…それでも! 本当に戦闘が始まるまでにザフトからの協力の申し出はあっただろう!? その申し出を受けていれば!」
「ザフトの申し出を受け入れたらオーブは中立国じゃなくなる…それはオーブの理念を汚すことになる」
「オーブの理念なんか知ったことか! そんなものと人の命と、どっちが大切だって言うんだ!?」


 シンが言っていることも分からないではない。人名は何にも代えがたいもの…それは大切な人を喪ったことがある人なら誰だって知っていることだろう。


 だが、果たしてシンは分かっているのだろうか? もしあの時オーブがザフトの協力を受け入れていたらどうなったか。

 確かに一時的な抑止力にはなっただろう。だがそれも時間の問題だ。有力なザフト支援国となったオーブを連邦が見過ごす筈がない。遅かれ早かれオーブは戦場になっただろう。――おそらく、あの時以上に悲惨な形で。

 そして一般のオーブ国民達に広がる影響も計り知れない。オーブ政府はザフトに就いたという事実がオーブのナチュラルの国民にどれだけの動揺を生むか。居心地の悪さを感じて移住を考える者も少なくないだろう――それを実行に移す者も。そうなると単純に人口が低下し、国力が落ちる。オーブが弱体化する。

 もし本当にそうなっていたら。シンの両親か或いは祖父母、友人達も。ナチュラルだというだけで親しい人たちが苦しむ姿を見ることになっただろう。


 ――それともシンはそれら全てを理解した上で、その方が良かったと思っているのだろうか。
 大切な人が苦しんでも、別れることになっても――生きているから、と。
 あの時あの戦争でなかったら死ななかったかもしれない、と。


「…カガリを恨まないでやってくれ」
「…何だと?」


 俺がもっと弁才のたつ人物なら、上手くシンに説くことができただろうか。

 憎しみも殺意も、自分を傷つけるだけだと。
 力を求めても得られるものは破滅しかないと。


「カガリもオーブが唱えているのはきれいごとだと解っている。解っていてもこれしか方法がないのも事実なんだ…」
「これしか方法がない? じゃあどうしてオーブは壊滅したんだ。そんなきれいごとばかり言っているからだろう!」
「だから力を持って戦い、守るべきだ、か?」
「…そうだ」


 ああ、この目だ。
 憤怒、憎悪、敵意――
 大切なものを守るためなら誰を傷つけても構わない。大切なものを傷つける者を許さない。

 ニコルを殺された俺がキラを殺した時の目だ――


「…君は知るべきだ」


 俺のような過ちを犯す前に。まだ引き返せる内に。


「君が誰かを守るために傷つける誰かも、また別の誰かを守るために戦ってる…」
「…だからそれがアスハのきれいごとだと言ってるんだ!」
「だが、事実だ。そうだろう?」
「そんなことを言っていたら誰も守れない…そんなことを言っているからマユは死んだんだ…!」


 それを捨て台詞のようにしてシンは去っていった。もう俺の戯言など聞きたくないと全身で拒絶して。


 シンの言うことも間違ってはいない。
 誰も傷つけたくないとは言っても、本当に全ての力を放棄してしまっては誰からも守ることも出来ない。だからオーブも武力の放棄まではしていない。
 それでもシンの言っている通りだと、彼はいつか、自滅してしまうだろう。




 シンも誰かと出会えたらいい。俺がカガリに救われたように、大切なことを気付かせてくれる誰かと。

 あの時の慟哭を――悲嘆を。彼が味わわずにすむために。






どうか君は知ってしまわないで。
亡くすことの悲しみも、
殺すことの哀しみも。





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