人騒がせな恋人たち。
低い電子音を立ててパソコンの電源が落ちた。アスランは大きく息を吐いて椅子の背もたれに重心を預ける。長く画面を睨んでいたので目が疲れている。今日はもう寝るかと、アスランは立ち上がった。 ディスクをしまった引き出しがカタンと音を立てるのとほぼ同時に、コンコン、と軽快なノック音が響いた。 ――誰だ? こんな時間に。 時計は11時54分を刻んでいる。人を尋ねるには少々非常識な時間だ。はい、とアスランが答えると、ドア越しに聞き慣れた女声が帰って来た。 「私だ。…いいか?」 「カガリ?」 カガリは破天荒なようでいてその実人への礼儀はきちんと弁えている。カガリがこんな時間にアスランを尋ねてきたのは初めてだった。カガリは無作法を詫びるように微苦笑を浮かべる。 「どうした? 何かあったのか」 「うん。…ちょっと、お前に話したいことがあって…」 ともかく中へ、とカガリを促す。アスランはすぐに椅子を勧めたがなかなか座ろうとしなかった。 「カガリ?」 「…うん」 カガリは窓の前で立ち止まった。バルコニーへ続く窓は闇を映すばかりだ。警備用の灯りが遠くからカガリを照らす。カガリの様子がおかしいと、アスランはカガリが振り向くのを待った。 「話って何だ?」 こんな時間に尋ねてくるとはよほど急を要する話か、人目をはばかる話なのか。どちらにしろ並大抵のことではないだろう。 だと言うのに、カガリはなかなか話を切り出そうとしない。珍しいと言うよりも異常だ。 「――カガリ。どうしたんだ?」 「アスラン…」 カガリがやっと椅子についたので、アスランもその向かいに腰掛けた。カガリは口を強く引き締めて俯いてしまっている。アスランはカガリの手に触れた。膝の上に添えられた白い手は固く握りこまれていた。 「…」 しばしの間奇妙な沈黙が続く。アスランはカガリが動くのを待った。やがてカガリが意を決して顔を上げる。 「あのなっ、アスラン。私――」 金色の瞳が正面からアスランを射抜く。カガリはアスランを見つめたままで言葉を止めた。 ――まずい。 アスランは唐突に危機感を覚えた。カガリの切り出そうとしている話に心当たりがあって、ではない。もっとずっと個人的で、そして即物的な危機だ。 白い頬が桜色に紅潮していた。余裕の見えない瞳は潤んでいるように見える。小さく開いた唇は細かく震えていて非常に可愛らしく、――扇情的だ。 ――まずい。これは…まずいだろう…! 夜、アスランの私室。2人っきり。条件が揃ってしまっている。 アスランは手に触れたのを猛烈に後悔した。カガリのぬくもりがダイレクトに伝わってくる。その熱に浮かされないよう、アスランは必死で自分を諌めようとした。 カガリはそういうつもりで来たんじゃない。何か話があると言っていたじゃないか。その話をきちんと聞かなければ。そうだ、まずはカガリの話を聞いて――聞いて、その後は? 消そうとしても消えない劣情が首をもたげようとしている。表面上は平静を装いながらもその内面でアスランは激しく葛藤していた。 その後は、なんて考えるな! と自分を叱咤しても全く効果がない。 カガリの唇が動いた。小さく自分を呼ぶ声に誘われるようにアスランは顔を寄せようとして、そして―― 盛大な爆音に邪魔された。 「…」 唖然と振り返った先にはクラッカーを構えて満面に微笑むキラがいた。 「誕生日おめでとう、アスラン」 それはそれはにこやかな笑顔だが、長年の付き合いでアスランには分かっていた。キラの目は全く笑っていないと。 数秒遅れて2個目のクラッカーが鳴った。 「おめでとう、アスラン!」 今度はカガリが鳴らしたものだった。キラが持っている物よりは少々小ぶりだ。おそらく握りこんだ手の中に隠し持っていたのだろう。アスランは盛大に溜め息を吐いた。 「…結託していたんだな?」 「そう。びっくりしたか?」 「ああ。驚かされたとも…」 カガリはやった、と立ち上がって、キラと手を叩きあった。 アスランは時計に目をやった。長針と短針がぴたりと重なって12を指していた。今はもう10日29日、アスランの誕生日だ。 つまりはこういうことなんだろうと、アスランは疲れきった中年のように肩を落とす。 12時少し前にカガリがアスランの部屋を訪れる。こっそりバルコニーの鍵を開けてキラがいつでも侵入できるようにしておく。カガリがアスランの気を引いている間にキラはこっそり侵入する。 そして12時になったらキラと一緒にクラッカーを鳴らす、と。 「本当は同時にクラッカーを鳴らそうって言ってたんだけどね。アスランがカガリの手を掴んじゃってたから」 「…」 あそこで僕が邪魔しなきゃ何をするつもりだったのさ、とキラは無言の圧力をかける。勿論アスランに反論の余地はない。ばつが悪そうに顔を背けるアスランを見て、カガリは怪訝に首を傾げる。 「アスラン?」 見咎めたカガリが心配そうに見上げてくる。迷惑だったかと思ってしまったらしい。男2人のやり取りに全く気付かない鈍感さで、アスランはくすりと笑うより他なかった。 「何でもない。…ありがとう、2人とも」 アスランはカガリの頭をくしゃりと撫でた。子供に接するような仕草だとカガリは口を尖らせる。だが本当はカガリがそうされるのを嫌いではないと、アスランはすでに知っている。 「…だが来年はもうするなよ」 「…そうした方がいいかもね」 「どうしてだ? 面白いのに…」 神妙に頷くキラと、1人首を傾げるカガリ。 本当に人騒がせな兄妹に、アスランはもう一度ありがとうと告げた。 後書きと言う名の余計なコメント。 もう一歩のいい所で邪魔が入るお約束な展開って大好きです。一線を越えさせてなるものかと邪魔するキラも大好きです。 基本ですよね、キ・ホ・ン☆ ふふふふふ、可哀想ですねぇアスラン(笑) 「人騒がせな恋人たち。」というタイトルはキラとカガリのつもりで考えつきました。一応はアスランの誕生日も祝う話にしよう、と頑張ったのですが…果たしてこれで祝っていることになるのでしょうか…(苦笑) |