「アスランは私が好きか?」
「…は?」
外の雨音が煩すぎて、アスランは聞き間違えたのかと本気で自分の耳を疑った。
「…すまない、カガリ。もう一度言ってくれないか」
その日、カガリはアスランの宿舎に遊びに来ていた。
…仮にも一国の代表ともあろう者が一軍人の宿舎に軽々しく遊びに来るなど常識では考えられないことなのだが、そこはもうカガリだから、とアスランも諦めている。
お互いの近況や友人のことを話し、3時になったからとカガリが持参したティーセットでお茶をして、ゆったりと時間を過ごしていた。会話が途絶えたその沈黙すらも楽しめる心地良い空間だ。ただがむしゃらに走り抜けていた頃にはとても持てなかった穏やかさ。
とても限られたその時間を堪能していた、その矢先だった。何の脈絡もなくカガリがその発言をしたのは。
「だから、アスランは私が好きか?と聞いたんだ」
「…」
聞き間違いではなかった。ではこの質問に一体何の意味があるのか、アスランは全く測りかねていた。
確かにアスランは積極的に愛の言葉を囁けるような性格ではない。だが、それでもカガリは充分にアスランの気持ちを汲み取ってくれていた。だから今までカガリがアスランの想いに不安を抱くようなことはなく、そしてこのような質問をされたのも初めてだった。
カガリの意図が掴めない。それ故に、アスランは沈黙してしまった。
「…なあ、アスラン。どうなんだ?」
「どう、と言われてもな…」
カガリがずい、と体を乗り出して来た。その表情は真剣でふざけているようには見えない。だが想いに不安を持っているようには見えず、
――強いて言うならば、数式の答えを生徒に問う教師の目に似ていた。
――何かの謎かけか?
時々キラと組んでいたずらを仕掛けてくることもあるので、今回もそれかと疑ってみることにする。が、カガリの様子を見る限りではそうとも思えない。
いたずらを仕掛けてくる時のカガリは至極愉快そうに笑うものだ。こんな遊びの欠片も無い目はしない。
「アスラン?」
ずい、と更にカガリは身を乗り出して来た。早く、と言葉はなく訴えてくる。
…カガリが好きか否かと問われて、当然アスランに否があろうはずがない。1人の人間としてカガリの人格を、1人の男としてカガリの全てを愛している。だから、アスランの答えは1つしかありえなかった。
「
――好きだ」
それがどうしたのかと理由を問おうとした言葉は、しかし続けられることはなかった。
「…そっか」
そう小さくカガリは頷いた。
満足そうに、幸せそうに、「私もだよ」などと言ったから、それ以上アスランは何も言えやしなかったのだ。
――後日、キラと賭けをしていたことが判明。
賭けに負けたキラはカガリに(そして何故かラクスにも)ケーキを奢る羽目になったと言う。
しかもそのケーキがアプリリウス市でも1、2を争う高級洋菓子店のもので、そのお陰でキラの懐がツンドラ並みに寒くなったと言う話だが
――
アスランも何となくそんな気はしていたが、やはり悔しいことに変わりなく。もしキラに「ご飯奢って」「お金貸して」などと言われても絶対に無視してやる、とアスランは固く心に誓ったとか。