月齢3.5







 ぼんやりと空に浮かぶもの。


「どうしたんだ、ぼーっとして?」
「え、ああ…。いや、月を見てたんだ」
「月?」


 ほら、とアスランが示した先に月があった。ぼやけて見えるのは薄雲がかかっているからだろう。時刻は午後七時、方角は南。まだ欠けている部分の方が多いそれは、細い糸のような形をしていた。


「何だってそんなに熱心に見てるんだ?」


 別に天体とか好きじゃなかったよな、と小首を傾げるカガリに、アスランは微苦笑を返す。


「好きって言うかな、…珍しくて」
「珍しい?」
「プラントじゃ月なんか見れないからな。その前は…住んでいたから、見ようがなかった」
「あ、そっか…」


 地球生まれの地球育ちのカガリには、月は見上げればすぐそこにあるものだ。余りにも当たり前すぎて注意を払ったこともないこと――しかし、他者にとっては当たり前ではないこと。その差はこんな些細なことでも浮き彫りになる。
 なんとなく会話が止まってしまい、カガリは月を見上げた。そういえば最近はゆっくりと月を眺めることもなかった――昔はよく夜の散歩がてら眺めていたのに。


「…月見しようか」
「え?」


 月見?とアスランが首を傾げると、カガリは大きく頷く。


「アジアか何処かの風習。満月見てダンゴ食べるんだって」
「…今日は満月じゃないぞ」


 それにダンゴって何だ、ダンゴって。
 呆れたように視線を向けるが、カガリは既にやる気になっているらしい。アスランが声をかける隙もなく駆け出していた。


「おい、カガリっ!?」
「待ってろ! お茶の準備してくる!」


 振り返ることもなく遠ざかっていく背中を見送りつつ、アスランは喉を鳴らした。
 駆けて行った勢いそのままに、時間を置かずに帰ってくるのだろう。あの即断即決即実行を素で行くお姫様は。こうなったらもう付き合ってやるしかない。



 カガリを待つまで見上げていた細い細い天体は、彼女の髪と同色でもって夜空に誇っていた。








月とプラントで育ったなら、
夜空に浮かぶ月は
見たことがないんだろうなぁ。




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