ぼんやりと空に浮かぶもの。 「どうしたんだ、ぼーっとして?」 「え、ああ…。いや、月を見てたんだ」 「月?」 ほら、とアスランが示した先に月があった。ぼやけて見えるのは薄雲がかかっているからだろう。時刻は午後七時、方角は南。まだ欠けている部分の方が多いそれは、細い糸のような形をしていた。 「何だってそんなに熱心に見てるんだ?」 別に天体とか好きじゃなかったよな、と小首を傾げるカガリに、アスランは微苦笑を返す。 「好きって言うかな、…珍しくて」 「珍しい?」 「プラントじゃ月なんか見れないからな。その前は…住んでいたから、見ようがなかった」 「あ、そっか…」 地球生まれの地球育ちのカガリには、月は見上げればすぐそこにあるものだ。余りにも当たり前すぎて注意を払ったこともないこと――しかし、他者にとっては当たり前ではないこと。その差はこんな些細なことでも浮き彫りになる。 なんとなく会話が止まってしまい、カガリは月を見上げた。そういえば最近はゆっくりと月を眺めることもなかった――昔はよく夜の散歩がてら眺めていたのに。 「…月見しようか」 「え?」 月見?とアスランが首を傾げると、カガリは大きく頷く。 「アジアか何処かの風習。満月見てダンゴ食べるんだって」 「…今日は満月じゃないぞ」 それにダンゴって何だ、ダンゴって。 呆れたように視線を向けるが、カガリは既にやる気になっているらしい。アスランが声をかける隙もなく駆け出していた。 「おい、カガリっ!?」 「待ってろ! お茶の準備してくる!」 振り返ることもなく遠ざかっていく背中を見送りつつ、アスランは喉を鳴らした。 駆けて行った勢いそのままに、時間を置かずに帰ってくるのだろう。あの即断即決即実行を素で行くお姫様は。こうなったらもう付き合ってやるしかない。 カガリを待つまで見上げていた細い細い天体は、彼女の髪と同色でもって夜空に誇っていた。 月とプラントで育ったなら、 夜空に浮かぶ月は 見たことがないんだろうなぁ。 BACK |