水たまり
道を歩いていたら思いっきり撥ねられた。 「…だから車で行けって言っただろう」 「…雨上がりは気持ちいいんだ」 「それで泥を撥ねられて汚れたら気持ち良さなんか吹っ飛ぶんだろ」 「…」 言いくるめられた悔しさからか、服を汚された不快感からか。カガリはむっつりと黙り込んだ。まるで子供のような拗ね方で、アスランは心の中でこっそりため息をつく。 まったく。いくつになっても成長しない。 政治的に重要だが非公式な会談があった。カガリはそれに出席するため、アスランは偶然近くまでやって来たから顔を見ようと、同じホテルに逗留したのだった。あいにく雨が降り続いていたので気軽に2人で何処かに出かけることは出来なかったのだが、いざカガリが会合に赴こうとした時に突然青空が姿を現した。 そしてカガリが言いだしたのだ、歩いて行く、と。 「・・・まさかその格好で会談に臨んだんじゃないよな?」 「撥ねられたのは帰りだっ」 こんな泥だらけで出れる訳がないだろと喚いても、アスランが溜め込むため息の数が増えるだけだ。 勿論アスランはカガリの徒歩を許した訳ではない。行きはもう無理矢理車に押し込む形で見送った。しかし帰りはSP達が騒ぐのを尻目に、1人で抜け出してきたのだと言う。 まったく、カガリは自覚が足りない。最後まで中立を貫いた大国・オーブの元首長の一人娘で、現在は戦後処理のために奔走している最重要人物の1人。そんな人物が1人で街中を歩くなど――テロの標的にしてください、と言わんばかりではないか。 「お前は自分の立場が解っているのか?」 アスランは苛々と髪を掻き毟りたい衝動に駆られた。 SP達からカガリがいなくなったという連絡を受けてから帰ってくるまで。どうせまたいつものお忍びだとは思いつつも、やっぱり不安は消えなかった。誰かに誘拐されたのではないか。テロに巻き込まれたのではないか。もしかしたらもう――。 今すぐ飛び出したい気持ちを何とか抑えて帰りを待っていた。そしてやっと帰ってきたと思えば泥だらけで――襲撃を受けたのかと、思ったのだ。 「いつまでも子供じみた行動ばっかりしてないで、少しは周りのことも考えろ。…どれだけ心配したと思ってるんだ」 「…それは、悪かったと思う。 …ご免」 「…」 今度こそアスランはため息をついた。 それ『は』ということは、他の面では反省していないということなんじゃないのか? ――実際そうなんだろう。おそらくカガリはまた雨上がりには歩いて帰りたがるに違いない。そして止められて、1人で抜け出すんだ。 …全く。いつになったら解ってくれるんだか。 「もういい。 …ロビーで待ってるからさっさと着替えて来い」 「…え? 待ってるって?」 きょとんと見上げてくる金茶の瞳。アスランはもうため息を隠そうともしない。 「散歩。したいんだろう? 付き合ってやる」 「本当かっ!?」 「ああ。だから早くしろ」 「わかったっ! 待ってろよ!? 水たまりに青い空が映って、凄くきれいなんだからな!」 溢れんばかりの喜びを全身で表現していく少女に、アスランはおざなりに手を振った。そして次に吐いた本日何度目か解らないため息はカガリにではなく、自分に向けてのものだった。 …ああ、もう。結局俺はアイツに甘いんだ。 苦労人アスラン。 いつものことだ。<酷 BACK |