会場の喧騒も遠く、花火が花開く音だけが耳を劈いていた。人気が無いどころか何年も忘れされられているような裏庭の一角。本来の警備担当からかけ離れている場所で、シンは1人寝転んでいた。上司やルナに見つかれば説教どころではない。しかしシンは構うものかと自棄になっている。元々今日は非番のはずだったのを無理矢理引っ張られて来たんだ、休みの日に休んで何が悪い。
 非番が非番でなくなるのは軍では珍しいことではない。普段は文句を垂れながらも従うシンだが、今夜は違った。どうしてこんなことに駆り出されなきゃいけないんだよ、と不貞腐れている。だから足音が近付いて来ているのにも気付いていたが、無視していた。どうせルナあたりが探しに来たんだろ、と高を括っていたのだ。


「何だ、サボりか? 不良軍人め、上司に怒られるぞ」
「…はぁ!?」


 現れたのはシンが最も会いたくなかった人物、間違ってもこんな所にいてはいけない人物だった。
 シンは上体を飛び起こし、信じられないモノを見るように目の前の人物を見上げた。見慣れないドレスに身を包んでいるが間違いない、シンが見間違えるはずが無い、忘れようったって忘れられない、最悪の――


――なんでアンタがこんなトコにいるんですか」
「口の悪さは相変わらずだな。それが主賓に向かって言うことか?」
「主賓なら主賓らしく開場に戻って下さいよ」
「挨拶は終わらせたさ。今は自由時間だ」
「自由って、アンタ」
「せっかく綺麗な花火なのに、あんな堅苦しい場所じゃ素直に楽しめないからな」


 だから抜け出してきた、と金色の少女はことなげに言う。
 少女はドレスが汚れるのも気にせずに地面に腰を下ろした。シンより少し距離を取っているのは気を遣ってのことかもしれない。庭木は視界を遮るほどの高さはなく、大空いっぱいに大輪の花々が咲いていた。


「すごい穴場だな。もしかしてお前の隠れ家か?」
「ンな訳ないでしょーが。こんなトコ来たの初めてですよ」
「ふぅん?」


 アプリリウス市でも最高に位置する迎賓館。高々1軍人のシンが軽々しく出入りできる場所ではない。――この少女ならともかく。


「…庶民はこんなトコ入れないんですよ。アンタと違ってね」
「…」


 八つ当たり以外の何でもないと分かっていても、シンには自分を止めるすべが無い。シンは再び地面に倒れこんだ。視界は空だけが移って少女は見えなくなった。だけど、見えなくても確かに近くにいる。ただそれだけが腹立たしい。


「…まぁ、確かに私は初めてじゃないな。でもこんなトコ楽しくないぞ? 何せ腹の探りあい化かし合いばっかりだからな。モビルスーツに乗っている方がよっぽど気は楽だ」
「…」


 知った口をきくな、とはとてもこの少女には言えないセリフだ。何しろ少女は御大将でありながら何度もモビルスーツを駆り最前線で戦ってきたとてつもないお姫様だ。シンに言わせればこんなドレスを着ている方がおかしい。


「…じゃあ気が楽になる人のトコに行けばいいでしょーが。ウチの隊長も来てますよ」
「アイツは駄目だ。仕事中はうるさい」
「…」


 少女とシンの上官が恋仲であることは公然の秘密だ。何を今更隠す必要が、とシンなどは思うが、当の上官はだからこそ公私のけじめはつけなければ、と考える堅物タイプである。少女のセリフは実に的を射ていた。
 けど、とシンは苛々する。酷く、苛々する。


「だからって、何で俺のトコに来るんだよ」


 シンはこの少女が嫌いだ。大嫌いだ。
 馬鹿みたいな理想を掲げて、何度も何度も躓き傷つきながら、それでも理想を現実にしようと足掻いている。その姿はいっそ見苦しいほどの必死さだ。
 かつて無知な子どもだったシンに手酷く罵倒されたのに、まるで大したことでもなかったと言うように、馴れ馴れしくシンに関わってこようとする。出来の悪い弟に対するように、親しげに、親しげに。


「…そうだな。少なくとも、お前は本気で私にぶつかって来るから」


 真上だけを見上げているから、シンに少女の顔は見えない。


「外と内が全然違う奴らと腹の探りあいばっかりしてるから、お前を相手にするのは物凄く楽しいんだよ」


 シンはその声の哀しげな響きには気付かなかったフリをして、そうですか、とだけ呟いた。
 少女の声がよく聞こえないのも、シンの声がちゃんと届かないのも。花火の音が煩かったから、全部そのせいにしてやった。



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