偽薬






 遺伝子操作のおかげで、命にかかわるような病気にはかからない。
 イコール。
 命にかかわらない病気にならかかる。



(…解熱剤くらい出してくれてもいいのに…)


 誰に聞かせるでもなく、ミリアリアはため息をついた。食堂を出てから立ち寄った医務室でのやり取りを思い出したからだ。


『コーディネーターに何飲ませりゃいいかなんかわからないんだよ』


 抵抗力も体力も俺たちよりずっと高いんだ、安静にしてりゃ治ると、そう言ったのだ、あの医師は。コーディネーターでも結局は人間なのだから、薬が効かないはずはない。本格的な治療は出来なくても苦しみを和らげる手伝いくらいは出来るだろうに。


「…もう。ばっかみたい」


 ため息混じりの呟きは誰に向けられたものなのか――少なくとも背後から声をかけてきた青年に対してではないだろう。


「何が馬鹿みたいなんだ、お嬢ちゃん?」
「え?」




 ドアに鍵はかかっていなかった。プシュ、と軽い音が収まるのを待ってから中に入る。灯りは消えていたが眠ってはいなかったらしい、もそもそと起き上がる気配がした。


「…お前?」
「お前はやめてって言ってるでしょ」


 スイッチパネルに手を伸ばして、光を抑えた灯りを点ける。濃い肌の色をしているので今一分かりにくいが、やはり少し顔色は悪いようだ。声もかすれている。


「食事、持って来たの。軽いものばかりだから」
「あ…サンキュ」


 食欲あるのかな、という危惧は無用に終わった。こいつ本当に病人なの、と逆に疑いたくなるようなペースでディアッカが食べ進めたからだ。
 やがてほとんど食べ終わった頃、ディアッカは不意に手を止めた。


「…なぁ。コレ、あんたが作ったのか?」
「…」


 期待がこもった目だった。
 ミリアリアも馬鹿ではない。この男が自分にどういう感情を抱いているのか知っている。だからといって無条件に受け入れられるものではないし、嘘を吐く気も、ない。


「そんな訳ないでしょ。厨房のおじさんに持って行ってくれって頼まれたの」
「あ、そっか…」


(…何もそんな顔しなくてもいいでしょうに…)


 捨てられた仔犬。そう表現するのがぴったり繰るような意気消沈具合だ。
 まったくこの男は、前世が犬だったんじゃないのかしらと疑いたくなる。一応は年上の癖に、ひどく幼い。


「…食べ終わったら、これ。薬、貰ってきたから」
「は? 薬って…あのおっさんが出したのか?」


 おっさん、というのは医師のことだろう。最初に診てもらった時にろくな事を言われなかったのか、不信感たっぷりだ。


「違うわよ。
 …用意したの」


 ミリアリアはぴり、とビニールを破って、中身を取り出した。中央に切り込みの入った真っ白な錠剤を二つ、ディアッカに手渡す。


「…早く治してよね」


 ミリアリアにしてみれば、特に深い意味を込めて言ったセリフではない。朝の挨拶と同じ――社交辞令のようなものだ。
 しかしだからといって、相手も同じように受け取るとは限らないのだ。


「…ん。わかった」


 彼女の激励のおかげか、否か。
 ディアッカの回復は予想よりも遥かに早かったという。




 後日。


「フラガさん、ちょっといいですか?」
「ん? ああ、何だ?」
「これ、余ったからお返しします」
「ああ、これか。
 …で、どうだった? 効き目は」(にやり)
「効き目も何も…。偽薬じゃないですか、これ。どうしてこんな物を飲ませたんです?」
「ま、そう言うなって。病は気からって言うだろ?」
「…」


 茶目っ気たっぷりにウインクを返されても、どこか釈然としないものを感じるミリアリアだった。








それを言うなら「嘘も方便」ですフラガさん。
ところでフラガさんってミリィを何て呼んでましたっけ…?
<未確認
<それ以前に呼ばれた記憶がないんですけど…





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