無敵






 パシュッ

 空気が抜けるような軽い音が、うつろいかけていた頭を覚醒させた。
 失礼しますとだけ言って近づいてくる人影は今更改めて名乗りあう相手でもない。薄暗い室内に彼女の銀髪はよく映えた。


「ごきげんよう、と言いたいところですけど。あまり宜しくはないようですね」
「…何の用だ」
「ご子息の話は聞きました。優秀な人物でしたのに、残念なことだわ」


 本気で同情しているのかそれとも皮肉っているのか、冷徹な美貌からは窺い知ることが出来ない。おそらくはその両方なのだろうと、この部屋の主、パトリック・ザラは当たりをつけた。友人と呼べる関係ではないが、声から感情を読み取れる程度には付き合いが長い。


「そういう君の息子はどうなのだ。ヴェサリウスが帰艦した報告は受けているが」


 皮肉にもなっていないなと考えつつ、彼女の息子の顔を思い出した。
 確か年齢はアスランの一つ上だったか。一目で彼女の息子だと分かる白皙の美貌の持ち主で、勲章こそ授与されていないものの、かなり優秀な兵士だったと記憶している。


「お陰様で、元気にやっています」


 息子に思いを寄せた瞬間、エザリア・ジュールの顔が緩んだ。男勝りの気性を持つ彼女でも「母」の表情をすることがあるのかと、パトリックは少なからず驚いた。もっとも彼の場合、それが表に出ることはなかったが。
 彼女が柔らかい表情を浮かべたのも数秒のことで、すぐに議員の顔に切り替わる。エザリアは手にしていた書類をバインダーごと前に突き出した。


「お互い息子の話はともかくとして、報告が出ました。予想以上に軍内部にもクライン派は入り込んでいたようですね」
「…そうか」


 以前からも軍内部のクライン派の存在は確認されていた。判った上で捕らえたり、或いはわざと泳がせていたのだ。民間人の中でならまだしも軍内部では全員を把握していると思われていたのだが決してそうではなかったということだ。パトリック自身が信頼していた人物――アンドリュー・バルトフェルドなどはその典型である。


「敵がまた増えたということか」
「…ええ」


 最初の敵はブルーコスモスだった。遺伝子操作を批判し、コーディネーターの存在を認めない、一部のテロリストだけだった。
 しかし徐々にその見解は地球連邦全体に広がっていった。そしてユニウスセブンを失った瞬間、ナチュラルそのものが敵となった。
 戦火が広がりゆく間に、同胞の中にまで敵が現れた。最大の軍事機密であるフリーダムを強奪し、後にはアスランとジャスティス、エターナルまで奪ったクライン派の存在――


「三つ巴という状況ですが、私たちが最強にならねば。
 …戦争は勝って終わらねば意味がありませんから」


 議員たちが主戦派・穏健派と分かれていた時から、彼女はパトリックの最大の協力者だった。強く断言する口調には頼もしさを感じるが、パトリックはその言葉にはいいや、とかぶりを振る。


「我々が目指すのは最強の存在ではない」
「? それは…」


 どういう意味かと眉を顰める彼女に、確信を持ってパトリックは告げる。


「無敵の存在となるのだ、我々は。
 …ならねばならんのだ!」


 勢いよく振り下ろされた拳のせいで生じた振動が、机上の写真立てを倒した。レンズに向かって微笑む妻と息子。――二度とこの手には戻らないもの。


「…なるほど…そうですね。…ええ、その通りだわ」


 エザリアは一瞬写真に落とした視線を上げた。もう二度と失わないために覚悟を決めた瞳。パトリックもまた、彼女と同じ眼をしていた。


「全ての敵は無くさなければならないのだから…!」



 パトリックもエザリアも気付かない。
 「無敵」を目指す彼らが、狂気の道を歩んでいることに。








エザリアママ大好きです。
ザラパパには心底同情すると同時に生きててくれと祈っています。
無理でしょうけど(泣)




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