聖アガタの花束を






 少女の父の遺体が葬られたのは広大な墓地の片隅、余程意識して探さなければすぐに見落としてしまうような寂しい場所にポツリと目立たない墓標が立てられていた。反逆者として殺された少女の父をきちんと葬ろうと考えたのは誰だったのか、今では知ることが出来ない。
 でも少なくともザラ議長ではないのでしょうねと、少女は自嘲じみて呟いた。
 パトリック・ザラは少女の父――シーゲル・クラインの死亡すら公表しなかったのだ。ひっそりと目立たないようにとはいえ、誰の目に留まるかも分らない状況を作るはずがない。

 シーゲルの墓石は周囲のものと殆ど変わらない大きさと材質だったので、かえって周囲に埋没して見えた。良過ぎても悪過ぎても目立つ、だから隠すには普通を装うのが最良の手だ。
 しかし一般庶民と変わらないその墓碑は、かつてはこのプラントで最高の地位に立っていた人間のものにしてはあまりにも粗末過ぎる。一時は墓を移すことも考えたが、少女は結局実行しようとはしなかった。

 少女の父は墓石の大きさで権威を示そうだとかそういうことは一切考えない人だった。
 片隅の目立たない場所でも、安らぐことが出来るのなら、どうか安らかにと、少女は祈りを捧げる。


 少女は胸元に花束を抱いていた。
 淡黄色の小さな花弁が愛らしいプリムローズ。
 大輪の花を飾る添え花としての役割を果たすことが多い花だが、この花束は本当にプリムローズだけで出来ていた。
 それは、少女が初めて貰った花束だった。

 もう何年も前。今はもう会うことすら出来ない彼女の父がプレゼントしたものだ。
 少女が歌姫として活動を始めた頃、初めて歌をリリースした時に、そのお祝いとして。お前の誕生花なのだよと優しく微笑みかけながら。


「…今日はわたくしの誕生日です」


 少女は花束を額まで持ち上げ、目を閉ざした。
 その姿勢は神に祈るようにも似て、まるでそれ自体が神聖な儀式のように。


「皆がとてもお祝いをして下さいました。キラとアスランとカガリさんが共同でバースディケーキを作ってくれたり、バルトフェルドさんはとても美味しいブレンドを煎れて下さったりしたんです。他にもたくさんプレゼントを頂いて――


 ふ、と開いた少女の菫色の瞳は、微笑いながらも翳りの光が見えた。涙が流れないことこそ不思議な表情で墓石を見つめ、優しくプリムローズを墓石に添える。


――なのにもう、お父さまからはお祝いのお言葉すら頂けないのですね…」



 ぽたり、と淡黄色の花びらに落ちたものが定刻になったので降ってきた雨なのか、それとも彼女がついに流した涙なのか。
 誰も知ることは無く、ただ人口の雨が少女を濡らした。








謝るべきことが2つ。
1、ラクスの誕生日を祝ってない。
2、この画像プリムローズじゃない。

…すみません…(土下座)




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