あの時初めて本当のこいつを見たと思った。







暁月夜









「どうして…っ」


 メイリンが声も立てずに泣くのを初めて見た。
 ほんの些細なことでも傷つき涙を流すこいつの泣き方はまるで子供のようで、いつも周りの目など気にせず、大きな声を上げて泣きじゃくる。
 だが今は俺の胸を弱々しく叩き続けるだけで、叫ぶような声はない。俯いた顔も見えない。


「どうして…!? どうして…! ねえ、レイ、どうしてなの…!?」
「…」


 俺はこいつに与えられる答えを持っていなかった。いや、答えられなかった、という方が正解か。答えは決まっている。俺はそれを持っている。だが、言えない。


「…すまない」
「…っ!」


 どん、と一際強く叩かれてもとても痛いとは思えない。弱い。こいつの力も、泣く声も。
 いっそもっと強かったらよかった。もっと強く責めて強く詰ってくれればいい。こいつにはそうするだけの権利があるし、俺はそうされる義務がある。
 やっと上げた顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。子供のような泣き顔だけはいつもと同じで余計に違和感が強い。


「…どう、して…」


 一筋、涙が流れた。両目に溜まった水溜りから一筋、音もなく。無意識に手が動いていた。メイリンの顔に触れる寸前まで近付いた手は、しかし触りはしなかった。
 そうする資格がなかった。


「…すまない」


 繰り返した意味のない謝罪に、メイリンは大きく首を横に振った。2つに結った髪が揺れる。何を否定したのか、何を否定したかったのか。その答えを得られる日は来ないだろう。
 俺は腕をメイリンの体に回した。抱き込むように手を組み、だが決してこいつには触れようとしなかった。絶対に。
 メイリンは全身を強張らせた。触れられなくても俺に抱きこまれたのは感じたからだろう。困惑気味に見開いた瞳から、また一筋涙が流れた。


「どおして…?」


 泣き崩れてぐちゃぐちゃになっている顔は何故か場違いに俺を惹きつけた。
 逆らいがたい衝動が全身を駆け巡る。




 舐め取った涙は、悲しい味がした。







本当は強く強く掻き抱きたくても。





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