何故こんな娘が軍に入ろうと思ったのか、全く理解に苦しむ。







A LITTLE MERMAID








 戦闘後、ルナマリアが怪我を負って帰ってきた。
 敵の攻撃を盾で受けた際の衝撃でコクピット内の機械が破損、その破片がルナマリアの腕を傷つけたらしい。
 怪我の具合は大したことはない。パイロットスーツはMS戦での衝撃は言うまでもなく、白兵戦にも備えて防弾性能も高くなっている。破片は腕を少しかすった程度で、出血も少ない。完治までそう時間はかからないだろう。心配は要らない程度の軽い怪我だ。
 だが、この娘は泣いた。


「っく、うえっ…っ。うぁ、ああん…っ」
「…」


 ルナマリアを目の前にして、というのなら分かる。実際に俺も医務室に駆け込んできたメイリンはルナマリアに抱きつきでもして泣くかと思った。
 だがメイリンはルナマリアの前では心配そうに顔を曇らせただけで泣きはしなかった。
 その代わりというのか、何なのか。医師にルナマリアを託して医務室から出るとすぐ、傍にいた俺にしがみ付いて泣き出しだ。


「…泣くな」
「…っく、うえ、ご、ごめ…っひく、うえ…」
「…」


 さすがに医務室前の廊下に居続けてはまずいだろうと判断した俺は、半ばメイリンを引きずるような形で近くの展望デッキまでやって来た。普段ならそれなりに人がやって来る場所だが、今は戦闘直後で各部署とも忙殺されている。暇を持て余しているのはMSパイロットくらいのものだ。しばらくは誰も来ないだろう。

 姉の怪我を思って泣いているのだということは分かる。姉の前で泣かなかったのは心配をかけたくなかったからなのだと言うことも。
 泣きたいと言うなら泣かせておけばいいとも思うのだが、やは疑問には思う。
 何故こんな、姉が小さな怪我をした程度で大泣きするような娘が軍に入ったんだ?

 プラントを守りたいという意志があったのは確かだろうが、プラントを守ると言っても何も軍に入ることだけが全てではない。政治家や外交官等になって戦争を起こさないように尽力するなり、技術開発方面に進むなり、方法はいくらでもある。
 シンのように強固な意識を持っている訳ではなく、ルナマリアならばあの勝ち気な性格を考えれば納得もいくが、メイリンはむしろ戦いを嫌っている。どちらかと言うと軍人になった家族を案じて家を守っている方がしっくりくる。

 しかし向いていないのではないかといっても、メイリンのアカデミーでの成績はそう悪いものではなかったとも聞いている。それはこのミネルバに配属されたことからも明らかだ。ただし射撃等の実技訓練は芳しくなかったそうだ。ミネルバのMS通信管制を任されていることからも分かるように、こと電子工学に関しては常に上位を誇っていた。
 …電子工学に長けているのなら、その方面の技術開発に進んでも良かったものだが。

 それにしても、メイリンは一体いつになったら泣き止むのか。泣けばいいと言っても限度と言うものがある。メイリンが泣き始めてから既に20分は経過した。服を掴まれているため無理に逃げることも出来ない。


「…いい加減に泣き止め」
「うぇ、ごめ、なさ…ぅ…」


 …埒が明かない。嗚咽に交えてごめんなどと言っているが泣き止む気配はまったく見えない。おそらく俺の服はメイリンの涙で濡れてしまっているのだろう。
 泣いている女を慰めた経験などない。それともこの場合は子供をあやすようにすればいいのだろうか。


「…っく、え…?」
「…」


 試しに頭を撫でてみると、メイリンが顔を上げた。いにも意外という顔をしている。まだ涙は流れるままだが、少なくとも嗚咽は止まった。


「あ、あの…レイ?」


 撫で続けてやると涙も止まった。あやせたと言うよりは驚いて泣き止んだと言うべきだろうが、何でもいい。とにかく泣き止んでくれた。


「止まったか」
「…あ、うん。…っあ、その、ごめんね…! ずっとくっついちゃって、その…」
「それは構わない」


 …泣き続けられるのは困るが子供のような泣き顔は嫌いじゃないと言うのは、我ながら矛盾している。
 だが紛れもない事実だからどうしようもない。


「…お前は…」
「え? 何?」
「…いや。もう大丈夫か?」
「うん。本当にごめんなさい。あ、服! 濡らしちゃったし皺も…ごめんなさい!」
「構わない、と言っただろう」




 …本当に、何故メイリンが軍になど入ったのか。
 こんなに弱い――優しい娘が。








優しい優しい姫君。
どうか君は泡になってしまわないで。






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