episodo3






「TRICK OR TREAT?」
「…は?」


 かわいいかわいいいたずらっ子は、花のような顔をほころばした。




「あの、ラクス…?」
「TRICK OR TREAT! 今日はハロウィンですのよ、イザーク」
「それは存じていますが…その…」


 その、奇妙な格好は何ですか? と続くセリフを、イザークは必死で飲み込んだ。


 普段の白を基調にしたワンピースとは異なり、今日は何とローズピンクのフードで全身を覆っている。フードの下は黒のスカートらしいが、これもまた珍しい。
 そして右手には竹製のホウキ、左手にはハロ。最早彼女のトレードマークとも言えるハロはともかくとして、この時代、ホウキは最早骨董品の域に達している代物だ。一体何処から入手してきたのやら。


「ハロウィンと言えばお化けの仮装でしょう? ですから魔女の仮装などしてみましたの。ほらほら、今日はオレンジちゃんなんですよ」
『てやんでいっ』
「は、オレンジですか…?」


 確かにオレンジだ。いつものピンクではなく。
 ラクスはハロウィンのカボチャ→オレンジと言う発想なのだが、生憎とイザークにはそこまで連想できなかった。魔女の仮装だからホウキ、というのは理解できたが…。


「…その、ラクス。それで今日は一体どのようなご用でいらしたのですか?」
「あら。言ったでしょう? TRICK OR TREAT? と」
「はい、それは伺いましたが…」
「ですから、お菓子を下さいな、イザーク」


 それはそれは可愛らしい笑顔で差し出された手に、イザークは瞬間的にフリーズした。


「下さらないといたずらしますわよ?」


 そして続けられた宣告に何とか再起動した。


「…お菓子などはありません。そもそもここは軍の本部です、ラクス…」


 ザフト軍本部、ジュール隊隊長室。女子供がたむろするような場所ならともかく、ここはイザーク専用の執務室だ(尤もイザークはプラントを離れていることが多いので、実際に使われることは殆ど無いのだが)。お菓子など期待する方が間違っている。


(…それ以前に、ラクスは本当にこの格好でやって来たのか? 軍本部の中をホウキ持参で?)


 やって来たのだ。

 困惑を隠せないイザークトは逆に、ラクスは至極楽しんでいる。そもそもラクスも最初からお菓子は期待していない。ラクスの目的はただ1つ――


「では、いたずらですわね」


 その一言を合図にして、ハロが動いた。


『ミトメタクナーイ!』
「…うわっ!?」


 オレンジのハロがイザークの眼前に躍り出る。
 イザークが戸惑っている隙に、ラクスもまた動いた。イザークが格闘していた端末を素早く終了させ、ディスクを取り出した。そしてそのディスクを持ってひらりと距離を開ける――


「ラクスっ!?」
「いたずらですわ、イザーク。お菓子はいただけないのでしょう?」
「返して下さい! それは今日中に報告しないと――
「それではお菓子を買ってくださいな、イザーク」
「菓子などいくらでも贈ります! ですから…」
「はい、どうぞ」
「早く返し、…はい?」


 カチリ、と軽い音と共に、ディスクが端末に戻された。まさかこうもあっさり返ってくるとは思わなかったイザークは戸惑うばかりで、やはりラクスは笑っている。


「返しましたから、早く終わらせてくださいね。そうしたら一緒にお菓子を買いに行きましょう?」
『ハロッ、元気?』


 そして告げられたお誘いに、イザークは脱力するより他はなかった。

 強制終了させられた割にはデータに破損は無い。元より殆ど出来上がっていた報告書だ、完成・提出まで一時間もかからないだろう。そして今日、イザークに残されている仕事はこれだけだ。

 結局は諦めるしかない。


「少し待っていて下さい…。すぐに終わらせます」
「はい、ではお待ちしています」
『てやんでいっ、ミトメタクナーイ!』


 静かに微笑んで待ち望む少女と、けたたましく騒ぐオレンジ色の物体。非情に能率が悪くなりそうな見物人(?)が出来てしまったが、イザークは必死で30分で製作を終わらせた。
 まだ上司への報告が残っていたが…、


 終わりました、と告げた瞬間の少女のあまりの愛らしさに、報告はディアッカに押し付けよう、と決めたのだった。







実はオレンジちゃんには
カボチャの着ぐるみ(?)を
着せる案がありました(笑)




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