初花






「なぁ、イザーク」
「何だ」
「何で俺ら、こんな所にいる訳?」
「うるさい。最初に口を出したからには最後まで付き合え!」
「…だからってなぁ…」


 相変わらず聞く耳を持たない友人に、ディアッカはため息をついた。全く周囲の視線が痛いったらありゃしない。
 彼らは二人して軍服の格好のままでここに来ていた。エリートしか着用を許されないあの『赤』を身に付けた少年二人連れだ、目立たない訳がない。
 特にその場所が花屋なら尚更。


「大体、何がいいかと聞いたら花にしたらどうかと言ったのはお前だろうが!」
「ま、そうだけどね…」


 女性に贈る物で最も一般的な物はと言えば間違いなく花束だ。花をもらって嫌がる女性はそうそういないし、特に今は春という季節もあって多岐に渡る種類の花々が店頭を飾っている。これだけ種類があれば彼女にぴったりな花も見つかるだろう。


「…で? どんな花がいいんだよ。派手なやつ? それとも可愛いやつ?」
「どんな花がいいかなんて知るか。だからこうやって相談してるんだろうが」


 果たして相談と言っていいのか、これは。
 近寄ってきた店員に声を掛けられても、よほどディアッカに贈る相手を知られたくないのか、その特徴すら言おうとしない。それではディアッカも店員も何の花を勧めればいいのか判断の仕様がない。相手が誰でも差し支えのないように、チューリップやら薔薇やらのごくごく一般的な花を見せてもイザークは納得できずに首を横に振るだけだ。
 どうしたものかね、と少し離れた所からその様子を眺めていたディアッカの視界に、ふと思いがけない物が飛び込んできた。


「向日葵…? へぇ、早いんだな」


 向日葵は夏の炎天下で咲き誇る花だ。まだ初夏とも言えない時期だと言うのに、小ぶりながらも堂々と咲き誇っている。ハウス栽培にしても早すぎる出荷と言えるだろう。


「向日葵だと? 随分と早いんだな」
「ああ、それ、今年一番の早咲きなんですよ。元気でしょう?」


 奥からディアッカの声を聞きつけたイザークが、続いて話に乗った店員がやって来る。イザークは少しの間その向日葵を見つめていたが、やがて「これをくれ」と小声で呟いた。


「おい、イザーク!?」
「何だ」


 有難うございますと明るい笑顔の店員とは対象的に、ディアッカは眉を顰めてイザークに詰め寄った。


「よりによってコレを贈るか? 女性に贈るならもっといい花がいくらでもあるだろ」
「うるさい、もうこれに決めたんだ。人の選択に文句をつけるな!」
「…って言われてもなぁ…」


 どう考えてもあのピンクのお姫様には似合わないだろうにと、ディアッカは憮然として内心呟いた。





 アンコールまで終わらせて控え室に戻ると、廊下にまで花の香りが漂ってきていた。部屋中が贈り物や花束でいっぱいになるのもいつものことなので、感謝の気持ちはそのままだが、とうに慣れてしまった。


「いつもながら凄いですわねぇ、ラクスさま」
「ええ、本当に嬉しいことですわ」


 季節が季節だし、または彼女のイメージに合わせての選び方で。花束のほとんどが柔らかい色合いだ。ハロッ、ハロッと花の海にダイブしようとするピンクの丸い物体をラクスが戒めていると、あら、と心底驚いたように声が上がった。


「何て珍しい…。向日葵ですわ」
「あら、あら」


 珍しいと言うよりは初めてではないだろうか。今まで夏にコンサートを開いたこともあるが、その時でも贈られてくるのはほとんどが今日と変わらない顔ぶれの花々で。少なくともぱっと思い出せる限りで、ラクスの記憶にはない。


「おかしな方ですわね。ラクスさまに向日葵だなんて…。季節もまだ早いですし…」
「…そうですね。…ああ、いいえ」


 溌剌とした元気さの花はラクスには似合わないと、この女性は憤りすら感じているらしい。ラクスにその花束を渡すよう促されても、いかにもしぶしぶといった仕草で手渡した。
 受け取った向日葵にはメッセージカードが添えられていた。店員のものと思われる柔和な女性の字で綴られる、「コンサートのご成功、おめでとうございます」というお祝いの言葉と、贈り主の名前。ラクスはその不器用なまでにまっすぐな気性の少年の姿を思い浮かべた。


「きっと一足早く次の季節を運んできてくれたんですわ」
「…はぁ…?」


 怪訝そうな女性とは対照的に、ラクスはふんわりと微笑った。
 あの彼がどんな顔をして自分のための花を選んだのかと思うと、笑いが零れずにはいられなかった。








何となくイザーク→ラクスもいいよなぁ、と思ったので書いてみました。
恋愛感情というよりは憧れに近いんじゃないかとも思いますが。




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