「うわっ、殺風景な部屋だな」


 俺の部屋に初めて来た時のカガリの第一声は、遠慮も何もないその一言だった。






MOVE INTO YOUR HEART!






 連合とザフトが停戦条約を交わしてオーブに亡命した後しばらくアスハ邸に厄介になっていたが、さすがにこのままではいけないと思って、生活が一段落したらすぐに外に住居を持った。
 カガリはどうしてわざわざ出て行くのかと不思議がっていたが、いつまでもカガリに世話をかけているわけにはいかない。幸いにもカガリ――オーブの代表首長の補佐兼ボディガードを務めているということでオーブ政府からそれなりの給料を貰っているので当面の生活費に困ると言うことはなかった。

 新居は行政府の近くにいい物件が見つかった。1LDKのそう広くもない部屋で1人暮らしには丁度よく、行政府の近くということもって結構なセキュリティーが入っている。行政府に近いとそれだけ出勤がしやすいし、アスハ邸にも近い。
 …本当を言うとアスハ邸のすぐ近くに住めたら一番良かったんだが、さすがにあの辺りは高級住宅街だから手が出せないかった。少し悔しいが仕方ない。


 殆ど着の身着のままで亡命してきた訳だから、しばらくアスハ邸に厄介になっていたとは言え、引越しの際の俺の荷物なんか本当に微々たる物だった。
 服や小物なんかを収納するのは全部作りつけのクローゼットで充分だったし、ベッドや机などの基本的な家具は引っ越す前に購入して先に運び込んでもらっていた。それに元々長くアスハ邸に厄介になっているつもりがなかった俺はとにかく私物を増やさないように努めていたから、アスハ邸から持ち出した荷物は精々大き目のバッグ1つ分だった。

 そして引っ越してからも、進んで装飾品とかを飾ろうとも思わないから、長い間あまり引越し直後と変わらない姿を保っていた。引っ越してから増えたものと言えばパソコン関係の物とか、そうでなければ趣味の機械いじり用のパーツや道具くらいだろう。


 そんな頃だ、カガリが初めてやって来たのは。


「お前なぁ、家に生活感がなさすぎるぞ。もっとこう、花を飾ってみるとか…」
「花瓶がない。それに男1人の部屋に花が飾っていても不気味だろう」
「可愛げがあっていいじゃないか」
「…いや、違うだろ」


 別に花は嫌いじゃないが、好きでもない。だから特に飾ろうとも思わない。
 それにもし飾っても、昨日はオーブ行政府で書類仕事、明日はカガリの供でワシントンの会議に付き添う、と言った生活をしている以上、まともに花の世話なんか出来そうもない。

 はっきりそう言ってやると、それでもカガリは不服そうに口をへの字にした。


「…。花が世話できないって言うんだったら、こう…写真を飾ってみるとか!」


 即興のわりにはいいアイデアだと思ったらしく、カガリは目を輝かせた。今すぐ引き出しやらを漁って探し出そうとする勢いだったから、俺は先手を取ってカガリの腕を押さえた。


「写真はないんだ。だから、飾れない」
「ないって…」


 何で、と続けようとしたのだろうが、しかしカガリはそれを口にはしなかった。わざわざ尋ねるまでもなく気付いてくれたからだ。

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の後、結局俺は1回もプラントに帰ることなく亡命した。結果、俺は自宅を全て捨てたことになる。
 プラントに戻ったラクスとディアッカに教えてもらったことだが、俺の家はまだそのまま残っている。父は死に、俺は亡命してしまった家だから政府にでも徴収されてしまったかと思っていたが、どうやらラクスが掛け合ってそのままにしておけるようにしてくれたらしい。この先帰ることがあるのかどうかわからないが、それでも俺の家であることは違いなく、ラクスには本当に感謝している。

 俺も自室に写真なら飾っていたが、それらも全部プラントに残してきたままだ。
 だから今、俺は飾りたいと思える写真は何も持っていない。


「…ご免」


 そう言ってカガリは必要以上に顔を曇らせた。
 …何もカガリにこんな顔をさせたかった訳じゃないんだが、結果的にそうなってしまったのは否めない。どうにかしてカガリの気分を浮上させようと考え始めた矢先、予想外の素早さで回復したカガリが急に顔を上げた。


「飾らないものがないんだったら、作ればいいよな! よし、今度から私が何か持ってきてやる」
「…え?」


 ない、それなら作ればいい、その思考回路はわかる。
 が、だからと言ってどうしてその次が「私が持ってくる」に繋がるんだ?


「ちょっと待て、カガリ…」
「そうするとどうしようかな…この机とか、ちょっと置物とかあったらいいと思わないか? あ、ポスターを飾るってのもいいな。お前、好きな画家とかいるか?」


 この家の持ち主である俺を無視して、既にカガリの思考は部屋のコーディネート案に支配されていた。


 結局俺は断りきれず、この日以後しばらく、カガリが訪問するたびに部屋のものが増えることになった。







「や、お邪魔するぞ」
「…ああ…」


 今夜もカガリは何の連絡もなしにやって来た。手には小さめのポスターを丸めて持ってきている。どうやら前回巨大なポスターを貼られても迷惑だと言ったのを教訓にして、今度は小さめにしたらしい。
 …どちらにしろ、ポスターを貼る気はないんだが。

 あの日以後、俺の部屋は随分と様変わりした。生活必需品しか置いていなかった殺風景な部屋が、そこなりに生活観のある部屋に。
 まず、ワンポイントを与えるわりに決して邪魔にならない置物が幾つか置かれた。次にキラから入手しただろう、俺の子供時代の写真がやって来た(カガリは飾りたがったが、俺はアルバムに収めてしまっておくことにした)。最後にやってきたのはポスターだが、これは今のところカガリの連敗が続いている。

 置物はそれなりに嬉しく、ポスターは逆にありがた迷惑だったが、写真はかなり嬉しかった。自分の写真だけなら特に気にならなかったかもしれないが、カガリが持ってきてくれた写真の中には母が写っている写真もあったからだ。
 後でキラから聞いた話だと、カガリは母の写真を探してキラの家中のアルバムを探し回ったらしい。さぞかし片付けが大変だっただろうと尋ねると、図星だったらしいキラに少し睨まれた。


 それはともかくとして、カガリはあれ以来頻繁にやって来ている。忙しい時期とそうでない時期があるからある程度のばらつきはあるが、それでも大体来れる時は週に2回くらいだろうか。
 仕事を別にしてプライベートの時間にカガリと会えるのは嬉しい。嬉しい、が。しかし。


「…カガリ。お前、夜に1人で来るなと何回言ったらわかるんだ…」


 問題があるだろう、どう考えても!
 前にかなりきつく言ったこともあるのに、効果は全然なし、だ。カガリが何処まで自覚しているのか非常に怪しい。

 …いや、怪しいどころか、もしかしたら全然勘付いてすらいないのかもしれない。何しろカガリときたら…。


「だって夜しか時間が取れないんだから仕方ないじゃないか」


 勿論そんなことは言われなくても知っている。カガリ以上にカガリのスケジュールを把握しているのは誰だと思ってるんだ。


「それに1人じゃないって。いつもキサカに送ってもらってるだろ」


 部屋の中には1人で入るだろうが。そして部屋には勿論俺以外にいないんだぞ?


 …まったく、本当にどうしたものか。

 身も蓋もなく誤解すら恐れずに言うなら、これ以上もなくおいしい状況だ。が。自覚も何もないカガリにそんな行動を起こしたとして、果たして受け入れてくれるのかどうか。
 …十中八九無理だろう。いや、むしろ100%と言っても差支えがないかもしれない。

 俺はまたカガリには意味が通じない嘆息を吐いた。


「大体だな…。誰か反対とかはしないのか? こんな夜に出歩くなんて…」
「出歩いてはないだろ、お前の家に来てるんだから。
 それに反対とかはないなぁ。むしろマーナなんか喜んで送り出してくれるぞ?」


 …ちょっと待ってくれ、マーナさん…!


「でもどうしてマーナが喜ぶんだろうな? それにさ、よくスカートをはいて行けってうるさいんだよ。スカートなんて邪魔だから嫌いだって言ってるのに!」


 …マーナさん。カガリが俺と付き合うようになって喜んでくれているのは知っています。
『ああ、体力づくりが趣味だと公言してはばからなかった「あの」姫様が、男の方とお付き合いするようになるなんて…!』
 と、期待に目を輝かせて俺の手を取り、姫様をよろしくお願いします、ともう嫁に出したかのようなやり取りをしたのはそう遠くない日だ。

 交際を応援してくれるのは嬉しい。嬉しいが、だからと言って!


 …娘とも言えるカガリを男の部屋に喜んで送り出すのは問題があるんじゃないですか!?


「あ、でもキサカはちょっと嫌な顔するっけ。アイツは護衛だとか何とかうるさいからなー」


 …キサカさんの人の1人でも簡単に殺せそうな視線に気付いていないのか、お前。

 嫌な顔と言うよりは、あれは俺に対して釘を刺している顔だ。
 キサカさんもマーナさんと同じくカガリを可愛がっている人だが、その姿勢は正反対だ。キサカさんは娘に近寄る男なんか許さん、と言ったタイプだ。…確か父親と言うような年齢でもなかったと思うんだが。


 …本当に、俺にどうしろと…。


「…どうしたんだ、アスラン? もしかして気分でも悪いのか…!?」
「ああ、いや…」


 俯いたのを別の意味に取ったカガリが心配して顔を近づけてきた。

 少し手を伸ばしただけで触れる位置。
 大きく見開かれた山吹色の瞳。
 俺の心配をした不安げな表情。
 
 …ああ、だから俺は…。


「…カガリ」
「ん?」


 合わせた視線は俺を心配する色ばかりが支配していて、…警戒心なんかこれっぽっちも抱いていなくて。


 そんな目に見つめられたら、何も出来ない。


 俺は伸ばしかけた手を引っ込め、何度目か分からないため息を吐いた。


「本当に…。早く自覚してくれ…」
「自覚? って、何を?」


 俺が何を言ってもカガリはきょとん、と目をしばたくだけで。






 俺にとって本当の意味で「おいしい状況」になる日は、当分来そうにない。










絵馬さんから頂き物。

 エマダネの絵馬さんのお引っ越し祝い(?)にこの小説を差し上げた所、こんな素晴らしい漫画を頂きました。
 絵馬さんグッジョブ!(笑)



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