ベイビーベイビビ
アイラービュー
お昼寝編
小学1年の秋と冬、弟と妹が産まれた。
先に産まれたのは妹。お隣のおばさんが産んだ女の子。かわいいかわいい赤ちゃん。お隣さんに抱っこさせてもらったらすごくふにゃふにゃで暖かくて、私の抱き方が悪くて泣かせてしまったけど、その泣き声すらも可愛かった。
「ハンジのお姉ちゃんになってあげてね」
お隣のおばさんはそう言ってくれた。元々お隣さんにはとても可愛がってもらっていたし、赤ちゃんは可愛いしで、断る理由なんてあるはずがない。むしろ自分からお願いしたいくらいだ。
「うん! お姉ちゃんだもんね、すっごくかわいがってあげるんだ!」
「ええ、ありがとう」
「もうちょっとで弟か妹も生まれるんだもん、2人とも大事にするよ。私、立派なお姉ちゃんになるから!」
「そうね、弟さんか妹さん。楽しみね」
この子と仲良く一緒に育てていきましょうね、とお隣さんは幸せそのもの笑顔を見せてくれた。それはとてもきれいで、私のお母さんがお腹を撫でている時と同じ笑顔だった。
そしてその年の年末。奇しくも某世界宗教の開祖が生まれたのと同じ日に、私の弟・リヴァイは産まれた。
産まれてすぐの赤ちゃんを見るのは初めてで、こんなくしゃくしゃで本当にお隣のハンちゃんみたいに可愛くなるの?って不安だったけれど。最初は猿みたいだった弟も、退院する頃にはだいぶ可愛い赤ちゃんに変わっていた。とてもとても可愛かった。
赤ちゃんの頃からずっと、弟とハンちゃんが並んで寝ているのを見るのが私は大好きだ。こうやって並んで寝てると双子みたいねー、とお母さん達がいかにも微笑ましいという顔で笑う。私も笑う。
私の可愛い可愛い弟と妹。大事に守ってお姉ちゃんが幸せにしてあげるからね。
…と、誓ったのは良かったのだが。
「たっだいまー」
「お帰りなさい」
「…うん?」
学校から帰宅した私を迎える声はいつも通り居間から聞こえたけれど、我が母のものじゃなかった。聞きなれたこの声はお隣さんのものだ。お隣さんがいるということは、と居間に向かうと、予想通りにハンちゃんの姿もあった。
「おばさんに留守番させてうちの母さんは買い物?」
「4時から特売だから、うちの分もお願いしたの」
「ふぅん」
すぴすぴと可愛い寝息が2つ。並んで眠る2人の子供は私の弟と妹だ。厳密に言えば片方とは血縁関係が無いけど、妹同然と言うことで妹扱いで問題ナッシン。ハンちゃんも私をお姉ちゃんって呼んでくれてるしね。
「昼寝…にしては遅くない? そろそろ起こした方が…」
「ああ、いいのよ」
「?」
私が帰宅するくらいだからもう時間は4時前だ。母さんはスーパーで4時特売の品が並べられるのを今か今かと待ち構えているだろう。この2人が何時から寝てるのか知らないけど、お昼寝と言うには遅すぎる。夜寝れなくなっちゃわない?と尋ねたけれど、おばさんはいいの、と繰り返すだけだった。
「ハンジって寝付きがとっても悪いのにね、リヴァイ君と一緒だとすぐに寝ちゃうの」
「へえ…」
ハンちゃんの寝付きが悪いなんて初めて知った。リヴァイと一緒に寝るところしか見たことがないからなぁ。
すぴー、ぴー、と笛のような寝息。眠って少し体温が上がっているんだろう、頬が2人ともちょっとだけ赤い。もみじの様な小さなおててはしっかり繋いで2人丸まっておでこをくっつけて。ああ可愛いなぁ、としみじみ実感だ。
「リヴァイもなー。こうやってハンちゃんと寝てたら普通に可愛いのになー」
「…? 普通に、って?」
「だってほら、小憎らしいから、こいつ」
「あらあらまぁまぁ…」
今はハンちゃんと2人で無垢で無邪気な寝顔を披露している弟だが、とにかく可愛いという言葉とは懸け離れた方向に育っていっている。
何と言うか、とにかく小憎らしいのだ。可愛くおねえちゃんと呼んでくれたのは3歳までだったし、私と手を繋いで歩いたのは4歳までだった(それ以後も人ごみを歩く時は無理矢理繋ぐけど本当に無理矢理だ。とにかくすぐに外したいと奴は常に隙を伺っている)。大人びていると言うか冷めていると言うか…まぁ、とにかくそういうガキだ。勿論どんな風に育っても大事な弟には変わりないのだが、天地がひっくり返っても可愛い弟とは表現できない。幼稚園のスモック姿で先生にガンを飛ばす園児ってどうなんだ実際。
そんな可愛げのない弟でも例外は勿論あって。一緒に眠るお隣のハンちゃん、幼馴染にしてきょうだい同然の仲のハンジといる時だけは、年相応の普通の子供に見えるのだった。
ふや、と声とも吐息とも取れる音がハンちゃんから漏れる。起きたのかなって思ったけど起きていたのはリヴァイの方だった。いつの間にか目を開けていて、だけどそのままハンちゃんに添い寝している。ぐっすり眠ったままのハンちゃんを起こさないようにじっとしている。その、ふにゃりと柔らかに笑う顔。
リヴァイはこんな顔、ハンちゃんと一緒にいる時にしか見せない。ハンちゃんにしかこんな幸せそのものという表情を向けない。父よりも母よりも姉の私よりも、ハンジというたった1人が大好きなのだと、この顔は何より雄弁に物語っている。
「…あんたほんっとーにハンちゃんのこと大好きだねー」
「ハンジもリヴァイ君のこと大好きよ?」
うんって頷こうとしたら、今度こそハンちゃんが目を覚ました。
「うー」
「…」
繋いでいない方の手で目をこしこしと擦る。あー、と漏れる声は少し擦れていた。視界がはっきりして目の前のリヴァイに気が付くと、ハンちゃんはふわりと笑った。幸せいっぱいだいすきーって全力で言っていた。
「りばいー」
「おはよ」
まだ寝ぼけているんだろう、ハンちゃんの声はいつもより更に幼い。ぎゅうぎゅうとしがみ付くようにリヴァイを抱きしめにいった。リヴァイもハンちゃんを抱き返した。何だろうねこの天使ども。超可愛いんですけど。お姉ちゃんはメロメロなんですけど。
「おはよー」
「うん」
おはようって言うか夕方だけどね。挨拶の習慣は大事だから良しとする。顔を洗ってらっしゃいとおばさんに言われて立ち上がる時には手を離したけれど、またすぐに繋いで洗面所の方へ走っていった。私は鞄を置きに行くついでに2人を追いかける。
「つめた」
「リヴァイ、はい」
ハンちゃんがリヴァイの顔をごしごしと拭いてあげる。拭き終わると今度はハンちゃんが顔を洗って、そしてリヴァイがハンちゃんの顔を拭いてあげた。
「ほら」
「んー」
おばさんがするよりもよっぽど乱暴だったけどハンちゃんに文句はないらしい。まぁそれを言うならハンちゃんも結構がしがし拭いてたけど。2人とも前髪が見事にハネちゃってるよ。
「ありがと」
「うん、ありがと」
へへ、と2人は笑い合う。居間の方へ走って戻るのを見送って、今度こそ私は自室へと向かった。階下から子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。それはとてもとても元気な声で、2人が幸せいっぱいな何よりの証拠だった。
何年も前、弟と妹が生まれた時に誓った。お姉ちゃんが大事に守って幸せにしてあげるって。
だけど実際のところ、お姉ちゃんが幸せにしてあげなくても2人だけで幸せになってるし、そんな2人を眺めているとお姉ちゃんの方が幸せになってくる。これじゃ完全に逆じゃないか。
せめて大事に守るって方だけはちゃんと達成したいと思う。いつかお姉ちゃんの庇護下から離れていく時まで、せいぜいあと数年ってところだろうけど、それまではお姉ちゃんに守られて欲しい。
守るついでに好き好きバカップル状態を眺めてにやにやするかもだけど、まぁそれくらいはガード料金としてよろしくお願いしよう。