ベイビーベイビビ
アイラービュー
初ちゅー編
(おや、珍しい)
ちょっと買い物に行ってくるからリヴァイとハンちゃんを見てあげてて、と母さんに頼まれて居間に下りてくると、2人は絶賛おままごとの最中だった。ハンちゃんが家から持ってきたのだろうおままごとセット(おもちゃの野菜とか包丁とかまな板とかそーゆーの)を広げている。ハンちゃんはおもちゃの野菜を切っていて、リヴァイはそれをじっと見ていた。
「おままごと?」
「うん」
リヴァイは体を動かす遊びが好きでハンちゃんも同様。ゲームもRPGよりアクション派。2人で遊んでる時っておままごとや人形遊びなんかはあまりしないんだよね。女の子同士ならもうちょっとしてたかもしれないけど、リヴァイは男の子だもんな。
おままごとと言うからには役割分担があるはずだよね。定番ならお父さんとお母さん?
「リヴァイがお父さんでハンちゃんがお母さんなのかな?」
「そうだよー。お姉ちゃんはこども?」
「こんなデカいこどもはいらねぇ」
「うわひど」
いやまぁリヴァイの言うことも分かるけど。両親より年上の子供なんてムリだし。つーかリヴァイは私が子供の役をするのが嫌って言うか、2人で遊んでるところに割り込んでこられたのにムカついてるんだよね。まったくもーこの愚弟は。
「お姉ちゃんはこっちで本読んでるから、2人で遊んでなさいな。3時のおやつはロールケーキがあるぞー」
あからさまにほっとした顔するんじゃないよ愚弟。ハンちゃんみたいにロールケーキにきゃーって言いなさいきゃーって。…きゃーって歓声あげるリヴァイか…それはそれで嫌かもしれない。
さて、雑誌を読んでるフリをして2人のおままごとの観察開始。
切り分けた野菜(※おもちゃ)をお皿に盛ってリヴァイへ渡す。ハンちゃんも自分の分をお皿に盛って、2人揃っていただきます。
「おいしい?」
「…うん」
おもちゃの野菜に美味しいも何もないだろうに、まぁここで「食べられるかバカ」なんて言ったらアウトよねーあははは。食べ終わったら野菜とお皿を元の箱に戻す。あ、リヴァイもちゃんと手伝ってる。えらいえらい。
何処から持ってきたんだか(母さんが貸したのか?)、ハンちゃんがネクタイを取り出した。リヴァイの首に引っ掛けて結ぼうとしているんだけど…
「ぐ。ばかハンジ、くるし…」
「あれ?」
締まってる締まってる。一度解いてもう1回結びなおす…けど、
「ぐ」
「あれー?」
…ハンちゃん、力加減が分かってないんだね。おまけにそれ、ネクタイの結び方じゃないよ。ちょうちょ結びだよ。お母さんはこーやって結んでたのになぁ?って可愛らしく小首を傾げても、違うから。おばさんは絶対にそんな風にはおじさんのネクタイ結んでないから。
「もういい、かせよ」
窒息寸前4回目でさすがにリヴァイも任せておけないと悟ったらしい。ハンちゃんからネクタイを奪って適当に結ぶ。おお、マフラーっぽく巻いただけでもそれなりにそれっぽく見えるもんだね。幼児がネクタイをたらしてるだけで何か微笑ましい。
「…うー」
ネクタイを締めてあげられないことにハンちゃんは不満らしい。この顔はあれだな、次はぜったいに私がするから!って顔。お家でこっそり練習をしたりするんだろうか。リヴァイにネクタイを締めてあげるために。…うわぉ。練習してるところ、すっげ見たい。おばさんに写真撮って出来れば動画でってお願いしておこうかな。いやいっそ練習台に立候補してもいい。首絞まるのはヤだけど。
ネクタイを締めたらお父さん役は出勤だ。リヴァイはそこら辺に置いてあった本(鞄の代わりか?)を取って立ち上がった。
「いってくる」
「うん。いってらっしゃい」
お見送りのためにハンちゃんも立ち上がった。2人の身長は同じくらいだから、向かい合ったら全部が同じ高さだ。頭も肩も、顔のパーツの位置まで。だからハンちゃんは背伸びも屈みもしないですむ。ちょっと顔をリヴァイの方へ近づけるだけで。
それだけで、2人の唇は触れ合う。
「…」
えへへー、と嬉し恥ずかしな笑顔をこぼすハンちゃんと、がっちがちに固まったリヴァイ。と私。
え、何今の。
「…………ハンちゃん?」
「いってらっしゃいのちゅーだよ。夫婦はちゅーするの」
リヴァイとわたし、夫婦だもんねー。
いやあのすみませんそんな得意げにほわほわと可愛い笑顔を全開にされてもお姉ちゃん困っちゃうんですけど、あの、ここは性教育を始めるべき場面なんでしょうか。お口にちゅーは園児には早いとお説教しなきゃいけないんでしょうかすみませんまだ初ちゅー未体験のお姉さまには荷が重過ぎますお母さま早くご帰宅なさって下さいほんと頼みますから!
「…」
「…あれ、リヴァイ?」
同じように固まってたリヴァイが私より先に再起動した。そして私は更にがっちがちに固まるハメになった。
リヴァイからもちゅーしやがった。
「えへへー」
リヴァイからしてもらったーって嬉しがるハンちゃんと対照的に、リヴァイはすっごい真剣だった。がっしりと肩を掴んで言うことは。
「ハンジ」
「なに?」
「おれいがいのやつとはするなよ」
「しないよ? リヴァイとしかしないもん」
「ならよし」
よくねぇよ! お前ハンちゃんが他の男とおままごとで夫婦役をするかも、その時にそいつにもちゅーするかもってそこまで考えたのかよ!
「………あの、リヴァイ。ハンちゃん。あの、ちゅーってのはね、あんまりそのー…軽々しくするもでは………」
「別にいいだろ。ハンジとしかしねぇよ」
「そうだよー。リヴァイとしかしないもん」
…………ごめん私には太刀打ちできないわこのリア充幼児ども。「ちゅーしたいからするんだ」ってどや顔で言うなムカつく。とにかくアレだ、所構わず人目構わずちゅーすることだけは阻止しなければ…!
「あのね、ちゅーってね、人前ではしちゃだめなのよ?」
「? 人前って?」
「その、2人っきりの時だけするものでね?」
「お父さんとお母さんは私がいっしょの時もちゅーするよ?」
おじさん&おばさぁぁぁぁん! 夫婦仲睦まじいのは素敵なことですけど園児の前で口ちゅーはちょっとどうかと思います!
頭抱え込んでのた打ち回りたいけどそんなことしてる場合じゃない。ここはほら年上の威厳を保ってきっちりと教え込んであげなければ。っていうか何でこんな性教育の入り口みたいなことしなきゃいけないの私まだ十代前半ですよ誰か助けて下さいマジで。年上の威厳どころか思いっきり虚勢だっつーの平静でなんかいられるか!
「おじさんとおばさんはちゃんとした夫婦だからいいの。結婚してハンちゃんっていう子供いる夫婦だからいいの。リヴァイとハンちゃんはまだちゃんとした夫婦じゃないでしょ?」
「夫婦だよ?」
「でも、おままごとの夫婦だよね? ちゃんと結婚式を挙げた夫婦じゃないとダメなの」
結婚式挙げなくても夫婦になれるけど、婚姻届って言ってもまだ園児には分かんないからね。そこはほら適当に。
「…」
「…リヴァイ。別にちゅーするなって言ってるんじゃないの。好きな人同士でちゅーするのはいいの、人前でするなっつってんの」
「…分かった」
あっヤバい今私リヴァイに「人前じゃなかったらハンちゃんにちゅーしていいよ」ってお墨付き与えちゃった? すっごい真面目な顔で頷いてるけどお姉ちゃんが席を外したらその瞬間にハンちゃんにちゅーする気満々?
ああもうこいつら…! 覚えてろよ、反抗期あたりに「あんたたちって私の目の前で堂々とファーストキスしたよねぇ…」ってしみじみ呟いてやる。恥かしさにのた打ち回らせてやるからなー!
こうしてお姉ちゃんは、お隣のおじさんおばさんに「リヴァイとハンちゃんが真似したがるのでハンちゃんの前でちゅーは控えてください」とクソ恥かしいお願いをするハメになったのでした。
…「真似したがる」じゃなくて「真似した」が正しいのだけど、家族ラブなおじさんに「あなたの娘はもううちの弟とファーストキスを済ませました」とはさすがに言えなかったんだよ…