ベイビーベイビビ
アイラービュー
ライバル編
きぃ、きぃ。一番高いところで一瞬止まる度、ブランコの鎖は高い音を立てる。幼児用の小さなブランコに腰掛けてきゃぁきゃぁとはしゃぐ女の子を、私は少し離れた所から見守っていた。私の隣には同じく女の子を見守る男の子。
「リヴァイも乗ってくれば?」
「やらない」
どうもこの弟には幼児用の小さなブランコでは物足りないらしい。立ち漕ぎできないからスピードが出なくてつまらないそうだ。できればお姉ちゃんはまだ立ち漕ぎはしないで欲しいんだけどね。リヴァイがすっごく運動が得意だって分かってるけど、やっぱりまだ園児なんだから、足を滑らしたりしないかって心配でしょ。
「リヴァーイ!」
「ハンジ、もういいのか?」
「うん。1人でこいでてもおもしろくないよ」
てててっと可愛い足音を立てて、女の子、ハンちゃんがこっちに来た。
「リヴァイもいっしょにやろーよー」
「…あっちのならやる」
「うん、それじゃあっちので!」
「おう」
おててつないで大きな方のブランコへ。相変わらず我が弟はハンちゃんのおねだりに弱い。ハンちゃんはちゃんと座って、リヴァイは隣で立ち漕ぎ。だから立ち漕ぎすんなっつーの。
「リヴァーイ、ちゃんと座りなさい」
「…」
無視かよオイ。きぃ、きぃ、とタイミングよくリヴァイは足を曲げてブランコの勢いを強めていき、すぐにハイスピードで半周まで角度を広げていった。
ハンちゃんはその横でまったり漕ぎながら、きらきらと羨望の眼差しをリヴァイに送っている。
「わー、すっごーい! そんなのできるんだー!」
「べつに、かんたんだぞ」
大したことないと口では言いながら、かなりの得意顔だ。こういうの、どや顔って言うんだっけ。調子に乗って更にスピードを上げて漕いでいくとさらにきゃぁきゃあとハンちゃんははしゃぎ声をあげていった。
「わたしもやるー!」
「え? ちょ、ハンちゃん!?」
しまったハンちゃんの好奇心を刺激してしまったか! 慌てて駆け寄って今正にブランコに足を掛けようとしたハンちゃんを止める。リヴァイもすぐに降りる準備を始めた。座って地面を擦ってブレーキをかけて、ハンちゃんを止める為に。
「ハンジはだめだ!」
「えー」
「ハンちゃん、立ち漕ぎはダメ。危ない」
「リヴァイはやってるのに?」
リヴァイは良くてどうして私はだめなのって、うんまぁ真っ当な疑問だよね。ハンちゃんは危なっかしいからって言っても納得しないよねこれ。あ、リヴァイがやっと止まった。リヴァイと左右からハンちゃんのブランコの鎖をがっつり確保。
「リヴァイはお父さんとお母さんから立ち漕ぎしてもいいって許可もらってるの。お父さんとお母さんからいいって言われないと立ち漕ぎはしちゃいけないの。ハンちゃんはいいって言われてないでしょ?」
「そうなの?」
きょとん、とリヴァイに尋ねるハンちゃんの後ろで、私は必死に念を送る。
(そうだって言えリヴァイあんたハンちゃんに立ち漕ぎなんてさせたくないでしょ危ないんだからホントにお姉ちゃんはあんたにだってさせたくないんだけどこの際それはもう許してあげるからハンちゃんの立ち漕ぎ阻止だけは協力しなさいお姉ちゃんの嘘に乗りなさい危ないんだからホントに!)
「…」
多分今私の顔はリヴァイそっくりのしかめっ面になってしまっていると思う。そりゃもう全力で念を送り続ける。リヴァイはうへぁ、と変な顔をしたけれど、ハンちゃんを危ない目に合わせたくないという点だけはリヴァイと常に共闘態勢なのだ。両親の許可なんて勿論出任せの嘘なのだけど、私の念は無事届いたようで、リヴァイはこくん、と頷いた。
「そうなんだ。ちえっ、わたしもやりたいなー」
「帰ってからお父さんとお母さんに聞いてみて、いいって言ったらね?」
帰ったら即おじさんおばさんに根回しが必要だな…いや根回ししなくても許可なんて出さないだろうけど。
「おれのやってるのを見てればいいだろ」
「んー、でもやっぱりやりたい」
再開したリヴァイはまたもや素早く半円まで広げ、ひゅっ、ひゅっ、とブランコが揺れる度に風を切る音がする。ハンちゃんは自分で漕ぐのをやめて羨ましそうにリヴァイを見上げていた。1つのブランコにハンちゃんが座ってリヴァイが立ち漕ぎって2人乗りの方法もあるんだけど…いやダメだな、それはまだ教えないでおこう。このスピードはリヴァイはともかくハンちゃんはまだ早い。
自分で漕がないで見ているだけなのに飽きてきたのか、ハンちゃんは足をぶらぶらと揺らし始めた。リヴァイも自分1人で漕いでいるのはつまらなくなってきたらしく、スピードを緩め始める。するとすぐそこにボールが転がってきた。少し向こうの広場になっているところで遊んでいた子供たちのボールらしい。運悪くハンちゃんの足に当たったボールは勢いよく跳んでいってしまった。
「あっ」
「あー」
ボールを追いかけて子供たちがやってくる。偶然とは言えハンちゃんが蹴ってしまったせいでボールは遠くに行ってしまった。ハンちゃんはブランコを降りて、ボールの方へと走っていく。
「ごめん、取ってくるね!」
「あっハンちゃん待った!」
その間にボールは公園と道路を分ける柵の下を通り過ぎ、道路へと進んでいった。ちゃんと入り口から出入りするんだよって教えているのにそんなの無視。ボールを追いかけてボールだけを見て、柵を越えて道路へと――
「ハンジ!」
「本当にすみませんでした!」
「いいのよぉ、ぶつからなくて良かったわ。でももう飛び出しちゃダメよ」
「はい。ほらハンちゃん、ごめんなさいって」
「…ごめんなさぃ…」
道路に飛び出したところに自転車が通りかかってあわや接触事故、という危機を、追いかけた私が寸前で何とか手を引いて助かった。怪我はないけど自転車にぶつかりかけた恐怖でハンちゃんは泣きべそをかいている。自転車のおばさんは怒りもせず諭して許してくれた。いい人だ。
「この、ばか! とびなすなっていっただろ!」
「ごめんなさい…ごめんなさいー!」
私と同じく駆け寄ったリヴァイが激しく怒った。勿論心配と裏返しの怒声なのだけど、リヴァイが来てくれたことで緊張の糸が切れたらしい。半泣きが本泣きにシフトチェンジだ。
「うぇっ、うぇぇ、ごめんなさい…」
「…わかったからもうなくな」
えぐえぐと流れる涙をこしこしとこすっても止まらない。どなってごめん、とリヴァイは謝った。地面に座り込んだままのハンちゃんをぎゅっと抱っこする。もう大丈夫だから、と安心させる為に。
「うぇぇぇぇ…ひっく、ひっ、ふえぇぇぇぇ」
「な、なくなってば」
「うわぁぁぁん。ふわぁぁぁぁ、ふぇぇぇぇ」
「なくなって、ハンジ、なくな」
抱っこされて余計にほっとしたんだろう。ハンちゃんの泣き声が激しくなった。なかなか泣き止まないハンちゃんにリヴァイはおろおろとうろたえたけれど、抱っこするのだけはやめなかった。ハンちゃんが泣き止むまでずっと、抱っこして頭をよしよしして、だいじょうぶだから、おれがいるからもうこわくない、と言い続けていた。
「〜♪ 〜♪」
公園からの帰り道、私の知らない歌を歌いながらハンちゃんは手をぶんぶんと振って歩く。左手を私、右手をリヴァイに繋がれて、ハンちゃんはご機嫌だ。両手に花と思っているのかもしれない。実際は急に飛び出さないようにがっつり連行中なのだけどね。
「はい、お家に到着〜。それじゃハンちゃん、また明日ね」
「うん、また明日ね、リヴァイ。お姉ちゃん」
「おう」
玄関に出てきたおばさんにハンちゃんを返して、それから今日の出来事をご報告だ。事故寸前だったこともちゃんと謝らないといけない。ブランコの立ち漕ぎ許可の話もね。
「…うん? リヴァイ?」
おばさんに報告が終わってさぁ帰ろうと体の方向を変えると、先に家に入っておきなさいと言っておいたのにまだリヴァイは玄関に入っていなかった。心なしか普段以上の顰め面で私を待っていた。
「どしたの、先に入ってなって言ったよね?」
「…次はないからな」
「はい?」
何のこと?と首を傾げる私に、リヴァイはいっそう強く睨みつけてきた。それはもう敵視と言ってしまえる程の強く激しい眼力で。
「次はぜったいにおれがたすける」
「…はい?」
力強く宣戦布告すると、私の返事なんか待たないでさっさと家に入ってしまった。
何ともはや、微笑ましいやら呆れるやら。
飛び出したハンちゃんを寸前で守ったのが私だという事実がリヴァイは気に喰わないらしい。ま、そうだよね。好きな女の子は自分で守りたいよねぇ、男の子なんだもん。
でもねぇ、仕方ないでしょ。7歳の差は大きいもん。あの時リヴァイもハンちゃんを追いかけて走ったけれど、12歳の私が全力で追いかけて5歳の子供より長い手を伸ばして何とか助かったんだ、リヴァイじゃ間に合わなかった。リヴァイだけじゃハンちゃんは助からなかった。
守れなかったと、リヴァイは悔しかったんだ。自分の代わりにハンちゃんを助けた私に嫉妬したんだ。
(今も充分にハンちゃんを守ってるくせにね)
がっちがちに固まってたハンちゃんの緊張を解きほぐしたのはリヴァイだ。怖くて怖くて泣き出したハンちゃんを抱っこして安心させてあげられたのはリヴァイだけだ。あれだけの全幅の信頼と親愛をもらって自分も同じ物を返してあげているくせに。
「まったく、我が愚弟は随分と欲張りだ」
お姉ちゃんが弟妹を守ってあげられるのなんて所詮あと数年ってとこなんだから、その間くらいは保護者の立場を満喫させて欲しいのに、リヴァイはそれを許してくれない。自分の身は自分で守る上にハンちゃんをも守る気満々なのだから。
(もうちょっとくらいお姉ちゃんの役割を奪わないでよ)
子供の成長は嬉しい、だけど寂しい。姉って言うか親みたいだなって、我ながらちょっとおかしかった。