「TRICK OR TREAT!」


 開口一番に突きつけられた言葉に対して、ハリーは「それは?」と問いかけるしかなかった。
 直訳すれば「罠もしくは施し」だがそのままの意味ではあるまい。当の言葉を発した姫君が子供のような笑みを浮かべているからには何らかの遊びなのだろう。しかし生憎とハリーは地球の遊びに詳しくなかった。


「大尉はご存知でないのですか? ハロウィンです」
「は、申し訳ございません」
「そんなに畏まらなくていいんですよ。ここは公式の場ではないのですから」


 と、「月の女王」を生涯かけて演じ続ける少女、キエル・ハイムは意地悪な笑いを深くした。







あいしてる?

―――― ハリーとキエルの場合







 現在ハリーの前でくすくすと鈴を鳴らすような笑い声を上げる女性は、完璧なレディーでいて、その反面意地の悪い言葉でハリーを困らせるのも好き、という困った人だ。ハリー・オードにとっては仕えるべき女王であり、守るべき君主であり、そして愛する女性でもある。


「ハロウィンは子供のお祭りなんです。お化けの仮装をした子供たちが家々を回って『TRICK OR TREAT!』と言うの。家の人は子供たちにお菓子をあげないといけないんです。もし持っていなかったら子供たちにいたずらをされてしまうんですよ」
「ほう。ということは、私はキエル嬢にお菓子を差し上げなくてはいけないのですか?」
「はい。早く下さらないといたずらしてしまいますよ?」
「それは困りましたね」


 当然の如く、ハリーはお菓子など持っていない。そもそもここはキエルの――ディアナ・ソレルのプライベートフロアだ。ご機嫌伺いに来た貴族達ならともかく、親衛隊長がお菓子を持参など奇妙が過ぎる話だ。戸棚を探せばお茶請けの1つや2つは置いているかもしれないが、そんなお菓子では確実にアウトだ。
 ハリーは早々に白旗を揚げた。


「申し訳ありませんが、私は貴女に差し上げるお菓子を持っていません」
「あら大変ですね。それでは私は大尉にいたずらをしなくては」
「そのようです。お手柔らかにお願いします」


 どうしましょう、とキエルは笑う。ハリーがお菓子など持っていないのは最初から分かりきったこと、言わば確信犯だ。
 ハリーに「いたずら」への不安は皆無に近く、むしろキエルが何をするのかという興味ばかりが大きかった。くすくすと愉快な声も長くはなくて、やがてキエルは「いたずら」を口にする。


「では大尉。『愛している』と言っていただけますか?」
「…は?」
「いたずらです」


 くすくす、と再びキエルは笑う。いたずらと言うには奇妙なもので、ハリーは首を傾げた。キエルはそんなハリーの様子すらも楽しんでいるようだった。


「キエル嬢。それはどういった…」
「お分かりになりませんか?」


 と、些少の批難じみた声音。言葉通りの「いたずら」ではなく何か意味があるのか、と思案を巡らせて、――容易に気付いてしまった、何と迂闊な自分。


「…キエル嬢」
「はい」
「申し訳ない、私は…」
「何を謝られるのですか、大尉? それよりも早く「いたずら」を完遂して下さいな」
「…は」


 ――「好きだ」とも「愛している」とも、一言たりとも告げたことがないのだ。愚かにも程がある。これではキエルに責められても仕方の無い話だ。むしろ「いたずら」の形でチャンスを与えてくれたキエルは非常に心が広いと言える。
 では、と咳払い1つ。そうして告げる、彼の女神に。


「愛しています、キエル」
「…はい。私も愛しています、ハリー」


 ふんわりとほころぶ極上の薔薇。
 幸せにとろけきったキエルの微笑みは、ハリーを最高の幸福に導いた。








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