床に荷物を置くとどっと疲れがやってきた。








THANKS,FOR YOUR BIRTH








 誕生日だからとゼミの皆で祝ってくれたのは嬉しいけれど、研究室で教授も巻き込んで大騒ぎした後居酒屋へ夕食に行って、それが終わったら二次会で、更に三次会で…。結局ミリアリアの誕生日をだしにして遊びたかっただけなのだろう。その証拠に彼女が途中で帰ると言っても誰も止めなかったし、お開きにもならなかったのだから。
 ベッドに腰を下ろし、そのまま重力に引かれるように倒れこむ。このまま寝てしまいたいけどそういう訳にもいかない。お風呂に入って明日の準備をしてと、することはいっぱいある。特に今日中に済ましておきたいことと言えば。

 ちらりとミリアリアは床の荷物に視線をやった。普段通学するのに使っている鞄の他に、大小の紙袋が1つずつ。皆に贈られたプレゼント達だ。
 自然とミリアリアの顔に微笑が浮かぶ。お祭り好きでドンちゃん騒ぎ好きで時々呆れることもあるけど、とても楽しい友人達だ。今日中に中身を確認して、植物とかの世話が必要なものならきちんと整えて。明日すぐお礼を言わないと。
 それに、今の友達に加えて、キラやカガリさんからもバースディカードが届いていた。普段あまり会えない人達だけに、誕生日を覚えていてくれるのは本当に嬉しい。
 よし、と自分に活を入れて、ミリアリアは体をおこした。まずはプレゼントの整理。もしかしたら生ものもあるかもしれないから早くにした方がいい。
 2つ目のプレゼントの包装紙をきれいに剥がそうと苦心していて、ミリアリアはふと手を止めた。

 そう言えば。
 今日はアイツからは何の音沙汰もない。

 ミリアリアの脳裏に褐色の肌の青年の顔が浮かぶ。元々は敵だった彼だが、アークエンジェルの捕虜になって以来と言うもの、何かと彼女を気にかけてくる。意外とマメな性格なのか、ことある毎にプレゼントをしてくれたり、何もなくても会いたがって――露骨に好意を示したりする。去年のクリスマスには、さほど高価ではないにしろ品のいいブレスレットを贈ってくれた。遠慮して返そうとしたのを半ば押し付けられるような形で受け取った物だが、意外と色んな服と合わせやすくて、デザインもミリアリアの好みにぴったりだったので、結局今ではすっかりお気に入りだ。


(…また何か持って来ると思ったのに…)


 わざわざ宇宙空間のプラントから地球のオーブまで会いに来るのかと自惚れにも聞える台詞だが、しかしディアッカは実際にそれをやってのけているのだ。仕事のついでだと何だのとは言っていたが、去年のクリスマスプレゼントは直接手渡しだった。だから今度も何かあるのではないかと思うのも自然だろう。


(…何考えてるんだろ、アイツ…)


 ミリアリアにはどうしてディアッカがそこまでするのか理解できない。
 最初は敵同士。名前も顔も知らない、殺し合うだけの関係。次は捕虜。トールが死んで情緒不安定になっていた彼女は、彼の一言に逆上して殺そうとまでした。しかし最後の最後で踏みとどまって、…結果的にはフレイから彼を守ることになった。

 あの時の表情は今でも覚えている。
 信じられないと、雄弁に物語っている目だった。

 それからは――殺したいと思う憎悪はなく、それでもトールを失った原因の1つかと思えば許すことも出来ず。どんな態度で接すればいいのか分らないままに、最初の高圧的な態度を取り続けていた。
 優しくしたことなんかない。優しく微笑いかけたことすらない。いつもいつもきつい言葉ばかりで、彼に好かれるようなことなんか1つもしていない。
 なのに彼は、ディアッカは。ミリアリアを護り、壊れ物を扱うかのような繊細さで優しく接し、――好きだと、言い続けるのだ。

 ミリアリアは言った。アンタなんか好きじゃない。トールが忘れられないの。早く諦めてよ。――ディアッカとは付き合えないの。
 その度に彼も言った。解ってる。知ってる。でも諦められないから。――付き合わなくてもいいんだ。ただお前を喜ばせたいだけだから。

 諦められないと言いながら付き合わなくてもいいだなんて矛盾しているけど、紛れもない彼の本心だからこそ、だろう。付き合いたくないはずはない。でもまだトールを思い続けている彼女に無理強いをするつもりもない。――待つ、つもりなのだろう。


(…バッカみたい…)


 どうして待とうなどと思えるの。こんな何の変哲もない自分を。もっと素敵な女の子なんていくらでもいるでしょうに。
 ディアッカ自身プラントでは名家の出で、ザフトのエリート軍人で。整った顔立ちをしているし、性格だって女の子受けしそうだし。きっともてているのに違いないのに。なのに、どうして。


 考え込んでいる内にいつの間にか手が止まっていた。いけない、と軽く頭を振って作業に戻る。全部解き終えて、プレゼントは可愛い小物や実用品が多かった。きれいに剥がせた包装紙は皺を伸ばせばブックカバーに流用できる。幸い生ものはなかったから、全部机の上に置いておいて、お風呂に行こうと、ミリアリアは立ち上がった。
 お風呂に向かうついでにリビングを覗いてみると、まだこうこうと灯りがついていた。両親がまだテレビをつけていたのだ。テレビ放送されている映画を見ているようだった。


「まだ起きてたの?」
「もう寝るわ。ミリィ、あなたもあんまり遅くまで起きていないの」
「はぁい。お風呂に入ったらすぐに寝ます」


 特に用があって来た訳でもないので、ミリアリアはすぐにリビングを出ようとした。正にドアをくぐろうとした時、急に背後から声がかかる。


「ミリアリア、待ちなさい。お前あてに電話があったんだ」
「…え?」


 振り帰ると父親がソファから身を乗り出していた。忘れないようにとダイニングテーブルの上に置いたいて、かえってソファに座っているうちに忘れてしまったらしい。受け取ったメモには、『19:45 ディアッカ・エルスマン』とだけ書かれていた。


「ディアッカ…!? え、お父さん、何て言ってたの!?」
「いや、何も。お前がまだ帰っていないと言ったら帰宅は何時くらいかと聞かれて、分らんと言ったらじゃあいいです、とだけだったな」
「じゃあいいですって…もう! お父さん、電話かして!」
「ほら。もう夜遅いんだから長電話は控えろよ」
「わかってる!」


 風呂どころの話ではない。とにかく返事だけでもしなければ。もう裕に23時を過ぎているが、ディアッカはまだ起きているのだろうか?


「…ところでミリアリア。誰なんだ…その、エルスマンとやらは。ゼミの友達じゃあないようだが…」
「…っ、変に疑わないでよ、お父さん!」


 逃げ出すように言っていては説得力がないが、父親の勘ぐりに付き合う暇なんかない。ミリアリアは慌しく自室に駆け込むと、着信履歴から割り出した番号をプッシュした。








オーブとプラントの時差はどうしたとか、
何で声だけの電話なのかとか、
そういう突っ込みは無しの方向でお願いします。




後編→

BACK