『夕闇の中、貴方の前で』
人工的に作られた夕暮れが箱庭の世界を深紅に染める。
この夕焼けはただ美しいだけで、やはり所詮は作り物なのだと痛感する。地球で幾度となく迎えた夕焼けの美しさは過ぎるもので、その色から血をも連想させる何かがあった。
血の様な禍々しさなど存在しない作り物なのに、今自分が心苦しさを感じてしまうのはやはり、袂を分けた時も今の様な夕暮れの中だったからなのだろうか。
「お久しぶりです。父上、母上」
そこには2人ともいないと解っていても話しかけずにいられなかった。
足元には2つの並んだ墓石。そこに刻まれている名前はパトリックとレノア。俺の両親のものだ。
母はユニウスセブンで、父はヤキン・ドゥーエで死に、2人とも死体は見つからなかった。だから今俺が訪ねて来ている場所には両親の骨一欠片、髪一筋すら入っていない。
何も埋葬されていない墓に意味があるのかと思わないでもないが、父は存命中この母の墓を訪れていた。魂だけでも眠っていると本心では信じていなかったのかもしれないし、ユニウスセブンまでは行けない代わりだったのかもしれない。それでも少しは信じてはいたのだろう。母はここにいると。だから父もきっとここに帰って来ると思い、母と同じく埋葬する物のない墓を建てた。
「ご無沙汰して申し訳ありません。最近になってやっと、地球とプラント間の和平が様になってきましたよ。父上が望んだ形ではありませんが…、プラントを襲う脅威は無くなりつつあります」
瞼を閉じるとすぐに思い出せる、父の最期の姿。その命を落とす瞬間までジェネシスの照射を――ナチュラルの全滅を望んでいた。
「俺はずっと理解できなかった。何故あなたがあそこまでナチュラルを憎み、滅ぼそうとしたかったのか。だけど…」
父上と呼びかけた俺の言葉は届いていたのか、確かめる術は無い。だけどあの時あの瞬間に立ち会えてよかったと思う。袂を分けて以来、話し合うことも理解しあうことも出来なかったけれど、最期を看取ることだけは出来た。
「…結婚して子供もできた今では解る気がします。あなたが狂気にまで走ってしまった気持ちが」
父は護りたかったのだ。他の何かを犠牲をしても。
母を――何よりも大切な存在を、一度は失ってしまったから。もう二度と失ってしまわないように、脅威となるものを全て滅ぼしてでも――
「俺もきっと憎むのでしょうね。もし母上のように妻が殺されてしまったなら。だから俺にはあなたは全面的に間違っていたなどと言うことは出来ない」
憎み、怨み、そして殺そうと思うだろう自分は否定出来ない。
だけど大切なのはそれを実行するかどうかということ、そして護るための手段はそれだけなのかを考えること――。
「今更どうしようもない話ですが、俺は…。
…俺は、あなたの下を離れるべきじゃなかった。俺だけは父上の傍にいるべきだったんだ…」
妻を亡くして、更に息子の俺にさえ去られて。父の絶望はどれ程深かったのだろう。
父の行為を正当化するつもりはない。ナチュラル全てを滅ぼすだなんてことは認めるわけにはいかない。…だけど。
だけど、父の気持ちをも否定してはいけないんだ。
「…今日はこれで失礼します」
目を開けると父の姿は見えなくなる。
過去を忘れてはいけない。かつてあったことは決して忘れてはいけない。だけど過去に縛られるのもまた、愚かなことだから。
俺は前を見て、先へと進んでいく。
「今日は俺の家族が2人で協力して夕食を作ってくれるそうなので、遅れたら怒られてしまうでしょうから」
母子そろって悪戦苦闘しているだろう姿が容易に想像できてしまって、俺は微苦笑を漏らした。
屈んでいた腰を上げた立ち去り際に、不意に思い出すのは祝いの言葉。
「…最後に言ってくれた時のこと、今でもはっきりと覚えています」
父が生きて、母が生きて、キラが傍にいて。幸福としか呼び様のない日々を月でおくっていたあの頃。当時から最高評議会の議員としての多忙な仕事の合間をぬって掛けてきてくれた電話がどれだけ嬉しかったか、俺は父に伝えることが出来たのだろうか。
「きっと今日も帰ったら聞かせてもらえるのだと思います。とても楽しみですよ」
めったに態度で示されることはなくても、それでも愛情は注がれているのだと確信することが出来た。
夜遅くなってもその日の内に言ってあげられるようにと、掛けてくれた電話越しの父の言葉。
『誕生日おめでとう、アスラン』
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