oblivious 02






 再会したのは大学の入学式だった。
 無駄にだだっ広くてクソ多い新入生の中で、よくもまぁあいつ1人を見つけられたものだと思う。



「おーいリヴァイ、新しい氷取ってきてーもう全部溶けてるわー」
「…少しは自分で動けクソメガネ」
「さて問題でーす。今日のスコッチは誰が提供したものでしょうー?」
「…クソメガネ」
 一体何処にツテを持ってるんだか、相当な年代物のスコッチはめちゃくちゃ美味い。クソッタレ、と悪態を吐きながらも俺はアイスペールを手に立ち上がった。
 勝手知ったる他人の家とはよく言ったものだ。冷凍食品だらけの冷凍庫を漁って奥からロックアイスを発掘する。相変わらずレトルトオンリーの食生活のようでクソッタレだ。何とかゼリーだの何とかメイトオンリーだった頃と比べるとマシになったと褒めてやるべきか。
「ほらよ」
「ん、サンキュ。ほらほらリヴァイも飲みなさぁい、今日は無礼講じゃー」
「お前が飲んで無礼講じゃなかった時があるのかよ」
「ないかもー」
 ケタケタと笑う姿は変わらない。今も再会してすぐの頃も、――前世とでも呼ぶべきだろう、遠い過去とも。
 一体何の因果か、俺には過去の自分の記憶がある。まったくもって気持ち悪い。過去の記憶があったからって今の俺に何かメリットがある訳じゃない。伝説の戦士の使命に目覚めて魔王と戦えなんぞというラノベ的な展開も一切ない。1人の人間の人生を描いたクソ長くて臨場感溢れる映画を覚えているようなものだ。過去を思い出したからと言って、過去の後悔を今の世界で払拭できる訳がない。あの世界はもう何処にもなく、あそこに生きていた奴らはもう何処にもいないのだから。
 …と思っていたんだが。本当に、何の因果か。俺は『昔の自分』の知人と、大学で再会した。ビーフジャーキーを齧りながらうひゃひゃひゃひゃと奇声を上げているこの女だ。誰かこいつに慎みと言う言葉を教えてやってくれ。単語の意味だけでいい、こいつがその言葉の意味を身に付けるのは絶対に不可能だととっくに諦めている。
 ハンジは過去の俺が惚れていた女だった。…なんでこんな女に惚れたんだと、我ながら悪趣味が過ぎる訳だが。再会した時、ハンジも俺と同じく過去の自分を思い出していた。まさか会えると思ってなかったと再会を喜び、懐かしみ、そして今は、昔と同じような腐れ縁になっている。
「…普通、男女2人が同じ部屋で酒なんぞ飲んでたら、もうちょっと雰囲気っつーもんが出るんじゃないのか」
「えー? 雰囲気? 作る?」
「いらねぇ」
 美味い酒はストレートで飲むに限る。ハンジみてぇにロックでもいいが、いややっぱり氷で薄まるから却下だ。
 雰囲気なんぞどうやって作れっつーんだ。良い物手に入ったぞー!の一言で講義が終わった俺を1人暮らしの家に連行して、年代物のスコッチをロックでぐびぐびと飲みまくり、つまみはジャーキーを丸齧りするこの女相手に。
(…マジで悪趣味過ぎるだろ)
 クソッタレが、と誰にも言えない悪態を繰り返す。
 過去の俺が惚れていたこの女は、今の俺が惚れている女でもある。昔の自分に引き摺られているんじゃないかと疑ったこともあるが、散々悩んだ結果がこれだっつーんだから救われない。
 こんな女の何処がいいんだ。
 乱暴、乱雑。慎みと言う言葉とは無縁。おっさんのように地酒をあおり、食生活は面倒の一言でレトルトか食堂オンリー。混沌を極める自室を片付ける日は一生来ないだろう。興味のあるものには一直線、それ以外は存在すら感知しない。
 こいつにとっての俺は、飲みに来ーいと連行される程度には感心を持たれていると言っていいのか、飲み友達としてしか認識されていないと言うか。少なくとも男として意識されていないのは間違いない。
(…クソッタレ)
 昔惚れていたのに何も言えず終わったのは自業自得だった。惚れてもいない女と結婚しようとして惚れた女に何も言えない立場になってしまったのだから。今はあの時とは全く状況が違う。同じ女に惚れて同じように友人のような関係になって、お互いに特定の誰かはいない。告白でも何でもさっさとすればいい、と思うのだが。
「リーヴァーイー?」
「へいへい何ですかね分隊長殿」
「ちゃんと飲んでいらっしゃいますかー兵士長様?」
 いざ告白しようとする度に萎えさせるこいつは一体何なんだ。もはや特技か何かか。
 答えるのも馬鹿らしくて無言で仰ぐ。ああクソ、美味い。美味い酒と惚れた女が揃ってる2人きりの密室で、全然そういう気になれないってすげぇなオイ。シリアスクラッシャーかこの女。
「ねーねーリヴァイー」
「うるせぇもうお前いい加減に黙れ」
「エレンに会ったー?」
「会ってねぇよ」
「ふーん。私も会ってない。元気かなーあの子」
 時々こいつはこんな風に昔の知人を話題にする。ハンジと俺が生まれてきて記憶を覚えているのだから、同じように生まれている奴らがいてもおかしくないんじゃないかと言う。その通りだと思うが、俺はハンジほどに昔の知人に会いたいとは思っていなかった。昔は昔と割り切っているからというのが1番の理由だが、…会いたいと思うただ1人にはもう会えているからだとは、絶対にハンジにだけは言いたくない。
「じゃあさ、あの子はー?」
「誰だよ」
「あの子。私名前知らないんだけど。ほら、あの可愛い子」
「それだけで分かるかクソメガネ」
「あーまたクソメガネって言ったー」
 ケラケラと何が楽しいのか、ハンジは笑う。だらしなくベッドにしな垂れかかりグラスを倒しそうになる。さらりと、珍しく下ろしたままの髪が揺れた。
「ほらあの子だよーリヴァイの婚約者の子。可愛かったよねー?」
「…」
 ああクソ。
「知るか」
「知るかって、冷たくないー? 婚約者でしょー?」
「元婚約者だ。…昔の俺の、だ。今は違う」
「そうかもだけどー」
「今は関係ない」
「…そうかもだけどー」
 クソッタレが。
 何で惚れてる女から、とっくに終わって完結した話を掘り返されなきゃいけねぇ。
「…クソメガネ」
「んー?」
 腹が立つ。この女は俺のことなんぞ何とも思っていない。だから平気で他の女のことも口にする。俺の婚約者が元だろうが現在進行形だろうが、この女には何も関係ねぇんだ。
 俺が何をしようが、こいつには何も。
「…? リヴァイ?」
 体を乗り出す。床に手を付く。鏡なんぞなくとも今自分がどんな顔をしているかなんて分かりきってる。さぞ苦りきった渋面をしてるんだろうよ。怒りまくった顔をしてるんだろうよ。
「…」
 ハンジに逃げ場なんざない。しな垂れ掛かった態勢のまま俺が近付いてくるのをぽかんと見上げていた。妙に覚えのある顔だな、と思った。
 …ああそうだ、この顔は出撃前夜、俺がこいつに乗り出して言った時の――
「…リヴァイ?」



「…酒の席の戯れにしては、趣味がよろしくないよ。リヴァイ」
「…そうだな」
「…」
「…悪酔いした。帰る」
「はいな。道端で寝ちゃだめだよー?」
「お前と一緒にするな」
 私だって道端で寝たことはなーい、と苦情が追いかけてきたが無視してさっさとハンジの家を出た。グラスも何もかも放置したままだが、知るか。散々給仕させた後だ、片付けぐらい自分でやりやがれ。
(…片付けるのか、あいつ?)
 そのまま放置しておきそうだ。ヤバい。…が、流石に戻る気にはなれない。
 酒の酔いなんてとっくに醒めてる。なのに冷たいくらいの風が気持ちいい。体が熱いからだ。馬鹿みてぇに沸騰してしまってるからだ。
(…童貞の中坊かよ、俺は)
 キスをした、それだけだ。それも一瞬だけ。何回も繰り返した訳じゃないし舌も入れてない。本当に触れただけ。たったそれだけでこんなにも――
「…クソが」
 ――熱い。






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