oblivious 04






 再会したのは大学の入学式だった。
 無意識に探す癖ができていたとは言え、よくもまぁあんな人ごみの中で見つけられたものだと思う。



「おーいリヴァイ、新しい氷取ってきてーもう全部溶けてるわー」
「…少しは自分で動けクソメガネ」
「さて問題でーす。今日のスコッチは誰が提供したものでしょうー?」
「…クソメガネ」
 二十歳にしてウイスキー派とはおっさん臭い趣味め、と言ったらお前もだろ、と返されるから言わない。代わりにこき使う。勝手知ったる何ちゃらで、リヴァイはすたすたと冷蔵庫へと歩いていった。がさごそと冷凍庫を漁る背中をぼけーっと見る。生まれ変わっても身長が変わらないってすごいなー成人男性の平均身長って160センチはオーバーしてるはずなのになー。
「ほらよ」
「ん、サンキュ。ほらほらリヴァイも飲みなさぁい、今日は無礼講じゃー」
「お前が飲んで無礼講じゃなかった時があるのかよ」
「ないかもー」
 ケタケタと笑うと一層深くなる眉間の皺も、不愉快そうにしながらも私に付き合ってくれる面倒見の良さも全然変わらない。今も昔もずっと。
 どういうことなのか全く分かんないんだけど、リヴァイと私には過去の記憶がある。生まれ変わって前世の記憶を受け継いだーとかそういう奴だ。いやー実に役立たずな記憶で楽しい。昔確立されていた技術的なアレコレや学問的なアレコレが今の時代でも流用できたならすっごく面白いことになっただろうに、立体機動の操作方法とか今は何処にも存在しない巨人の知識だとかそんな情報ばっかりで、全くもって何の役にも立たない。リヴァイなら某アクロバティック劇団で花形を務められるんじゃないかーってくらいだ。
 私が生まれ変わってるんだから、もしかしたら他にもって、記憶を取り戻した時から人の顔を注視するようになった。会えても向こうは覚えていないかもしれないけど。覚えていても今はもう知人でも何でもないただの他人だからと拒絶されるかもしれないけど。懐かしむくらいは許されるだろうと、自分に言い訳をして探していた。
 そして見つけたのが、今スコッチをストレートでがばがばと飲んでいるこの男だ。何の因果か運命か、よりによって惚れた男にだけ会えるとか都合が良すぎるだろう。私が惚れてたってだけでリヴァイの方には婚約者がいて、惚れたって自覚した瞬間に失恋ハートブレイクだったっつーのに。
 でもまぁこれも何かの縁だろうと声を掛けて。リヴァイも思い出してるって分かって。それで色々話したりして、現在は昔と同じような友人関係になっていると言うわけだ。
「…普通、男女2人が同じ部屋で酒なんぞ飲んでたら、もうちょっと雰囲気っつーもんが出るんじゃないのか」
「えー? 雰囲気? 作る?」
「いらねぇ」
 私たちの間に雰囲気なんぞ見事にゼロだ。いやー素晴らしいね。完全に酒飲み友達ってだけだね! 再会したがの大学だから良かったものの、小学校の入学式だったらどうなってたんだろう流石にお酒は飲めないよ!
 今日は私がスコッチで釣ったけど、釣り釣られは半々だ。前はリヴァイが安かったからって言って大量の発泡酒を調達してきてた。発泡酒も探せばいい物があるものだねーなんて言いあって、結局2人で何本空けたっけ。今もスコッチの瓶、1本はもう空いてるし。
(すごいなー。仮にも惚れてる男と飲んでるのになー。全然そんな気にならない)
 過去の私が惚れてた男ことリヴァイには、今もしつこく惚れてしまっていたりする。過去の感傷に浸ってるだけじゃないかとか、美化してるだけじゃないかとか、その辺も結構悩んだけど、今のリヴァイと会って話して、ああやっぱり好きだなーって思ったから間違いない。
 昔みたいにがっつり鍛えてるわけじゃなくても、それでも割れてる腹筋とか。まじめに授業受けてたりとか。腐れ縁ってだけで私の面倒を見てくれたりとか。小うるさいなーと思うこともない訳じゃないけど、私のことを気にして言ってくれるのは今も昔も同じだ。小うるさいけど、嬉しい。…嬉しい。
 完全に飲み友達以外の何でもなくて、死なれたら寝覚めが悪いから面倒を見ているだけで、私を女としてなんか絶対に見ない男でも。
「リーヴァーイー?」
「へいへい何ですかね分隊長殿」
「ちゃんと飲んでいらっしゃいますかー兵士長様?」
 今日のリヴァイは結構ペースが早いみたいだ。何か嫌なこともあったのかな。私はふわふわと酔いが回っていい気分なんだけど。
「ねーねーリヴァイー」
「うるせぇもうお前いい加減に黙れ」
「エレンに会ったー?」
「会ってねぇよ」
「ふーん。私も会ってない。元気かなーあの子」
 こんな風に昔の知人の話題を出すのは決まって私の方だ。リヴァイと私が生まれ変わってるんだから他にもいてもおかしくない、って言うか絶対に生まれてきそうな子たちとかいるじゃん。ミカサとか。エレンとセットでミカサとか。ミカサが生まれてたら絶対にエレンもいるよねあの子のエレンへの執着ってほんともの凄かったもん。生まれ変わろうが火星人になってようが離さないよねー絶対に。
 それはともかく、私が気にする程にはリヴァイは気にしていないようだった。昔は昔って割り切ってるんだろうか。…会いたい人はいないんだろうか。私がリヴァイに会いたいとずっと思ってずっと探していたように、リヴァイはあの子に。
「じゃあさ、あの子はー?」
「誰だよ」
「あの子。私名前知らないんだけど。ほら、あの可愛い子」
「それだけで分かるかクソメガネ」
「あーまたクソメガネって言ったー」
 死ぬまでクソメガネって言われ続けるんだろーなーって思ってたけど、死んでからもクソメガネって言われ続けるとは、さすがのハンジさんもびっくりですよ。面白おかしくて力が抜けた。くたん、とベッドに倒れ掛かる。おおっと危ないグラスが危険だ。
「ほらあの子だよーリヴァイの婚約者の子。可愛かったよねー?」
「…」
 すごいな私。役者だ。よくもまぁこんな自虐的と言うか自殺的な話題を自ら振ってケラケラと笑っていられるものだ。
「知るか」
「知るかって、冷たくないー? 婚約者でしょー?」
「元婚約者だ。…昔の俺の、だ。今は違う」
「そうかもだけどー」
「今は関係ない」
「…そうかもだけどー」
 元婚約者でも。昔の自分が好きだった相手でも。
 昔貴方を好きだった私が今も貴方を好きになったみたいに、昔あの子と結婚すると決めた貴方が今もあの子を選んでもおかしくないだろう?
「…クソメガネ」
「んー?」
 そろそろ、けりをつける頃だと思う。
 生まれ変わって惚れていた男に会えた。もう一度好きになれた。それで充分だ。見込みがないと分かっているのだから、――もう。
 飲み友達にしかなれないのならそれでいい。飲み友達のままがいい。好きだなんて言って崩れるよりも、私1人で失恋してこのままがいい。
 だからリヴァイには、早く選んで欲しい。昔あの子を選んだように。私以外の誰かを早く選んで、決定的な止めをさして欲しい。
「…? リヴァイ?」
 呆けてしまっていたらしい。リヴァイの顔が近くなってたのに全然気が付かなかった。ローテーブルを挟んだ向こうにいたはずなのに私のすぐ隣にいる。逆光になった顔がよく見えない。見えないのに分かる。リヴァイは今、ものすごく――
「…」
 逃げ場なんてなかった。真っ白になった。そのままリヴァイが近付いてくるのをぽかんと見上げていた。
 リヴァイの真剣な顔をこんな近くで見たのなんて、――ああ、あの時と同じだ。出撃前夜に乗り出して言われた時の――
「…リヴァイ?」




「…酒の席の戯れにしては、趣味がよろしくないよ。リヴァイ」
「…そうだな」
「…」
「…悪酔いした。帰る」
「はいな。道端で寝ちゃだめだよー?」
「お前と一緒にするな」
 私だって道端で寝たことはなーい、と苦情だけ追いかけたけど聞こえたかどうか。グラスも何もかもそのままだ。片付けないとまたうるさそうだけど、…いいや。次来る時までに片付けておけば――…来るのか?
「…あー」
 何がリヴァイのスイッチを押したのか分かんないんだけど、何かやっちゃったらしい。リヴァイのあんな顔…は、見るのは初めてじゃないけど、まさか…
「…えーっと…」
 一瞬だけだった。触れた温もりも感触ももう影も形もない。夢だったと言われたら納得してしまいそうな、たった一瞬だけの。
「…キス、されたんだよねぇ?」
 ずるずると床に倒れこむ。熱い。酒の酔いなんかリヴァイににじり寄られた時にあっさり醒めてしまってるのに、全身が沸騰してしまいそうだ。尋常じゃなく熱い。
「何これ…」
 ――熱い。






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