oblivious 07






「…」
 夜気に晒されて冷えた唇が触れ合ったのに、熱いって思った。触れ合った所から沸騰してしまうんじゃないかってありえないことを考えるくらいに、熱い、と。
 体から力が抜け落ちる。リヴァイに掴まれた腕はそのまま床に座り込んだ。左腕だけが上がっている状態で、見上げることもできず、呆然と下がっていく視界を眺めていた。
「おい、ハンジ」
「…何これ。夢?」
「…悪酔いの次は夢扱いか」
 リヴァイの脚が映っていた視界に顔が飛び込んでくる。リヴァイも屈んだんだと気付いた時はもう遅くて、また触れられていた。今度はもっと熱く、深く。
「…っふ、…っ」
 ぬるり、と唇をこじ開けられる。了承も得ずに進入してきたそれに、私は抵抗しなかった。できたかもしれないけど、しなかった。抗うことも応えることもせず、されるがままに貪られる。
「は…」
 何かに縋りたくてリヴァイの服を掴んだ。腕を掴まれていない方の手が背中に回る。キスの荒々しさとは真逆に労わるような手つきで抱き込まれた。リヴァイの服を掴む手が強くなる。呆然と開いたままの視界には自分を睨むリヴァイが全面に映りこんでいて、好きだなんて言う表情じゃないよなぁと、そこだけ妙に冷静に思った。
 離れた時にはお互いに息が上がっていて、まるで全力疾走した後のような荒さで酸素を求めた。唇は離れても顔の距離は離れない。吐息どころか体温すらも伝わる距離で、それでもリヴァイは私を睨んでいる。
「…は、は…。…はは、夢扱いもしたくなるって…」
「夢扱いしたくなるレベルで、俺はあり得ないって言いたいのか」
「だって、夢でしょ。こんなの…、リヴァイが私に好きだなんて、どれだけ都合が良いんだよ」
「…は?」
 俯いてしまったせいでリヴァイがどんな顔をしているのか見えない。見えていたとしてもちゃんと認識できるかどうか怪しい。
 好きだと言われてキスをされた。告白する予定だった相手にそんなことをされるなんてどれだけ都合が良い夢を見てるんだろうと、本気で自分は今寝てるんじゃないかと疑いたい。
「あーでも痛い。夢じゃないのかこれ」
「…っ、悪い」
 掴まれていた腕のことだと気付いて慌てて力を緩めてくれた。だけどリヴァイは手を離そうとしてくれない。背に回した腕もだ。相変わらず抱き込まれたままで逃げ場がない。夢だと思いたくても思えない。
「おいハンジ。都合が良いってどういう意味だ」
「え、だって。好きな相手から告白されるってそんなの少女漫画じゃあるまいし…」
「…」
「女扱いされたことも無かったって言うのにいきなりキスされても冗談としか思えないって言うか…」
「…お前、俺が好きなのか?」
「うん。…。…!?」
 夢なんじゃないかなーっていうか夢って思いたいなーとぼんやりしていたせいで、問われるままに答えてしまった。何も考えずに素直に自分の本心を。
 顔どころか全身が沸騰する。下向いてて良かったリヴァイに顔は見られない!と思ったのも束の間、すぐに顔を持ち上げられた。リヴァイは真剣そのもので眉間の皺がいつもより深くて殺されそうな眼光で、激怒してるようにしか見えない。
「…あ、ぅ、…っ、いや今のはえーと…!」
「今のは?」
「ちが…」
「違うのか?」
「…いや、違わない…けど…」
「じゃあ、好きなんだな?」
「………はい」
 まるで子供が先生に怒られているような構図。一応は告白してることになるのかな、と未だ混乱収まらない頭で思う。と、はぁぁぁぁぁ、と深い溜息。勿論私じゃない。リヴァイだ。心の底から疲れたと言うような、全力で脱力するような溜息だ。
「女扱いされたことも無かったと言ったがな。俺を男扱いしてなかったのはお前の方だろ」
「え」
「部屋に2人きりでも警戒らしい警戒もしねぇ。どんだけ無防備なんだよ、お前」
「え、だって。リヴァイ相手に警戒も何も…」
「…警戒しろ。何されてもいいってんならともかく、違うだろ」
「いいんだけど」
「…」
「…」
 ………あああああまたやっちまったー! やばい今私何言ってんの頭呆けてるにしても酷すぎる! やばい! このままじゃ何口走るか分かったものじゃない!
「リヴァイ! あの、離し…」
「嫌だ」
「…っ」
 キスをされた。今度は私も応えた。縋りついていたままだった手をリヴァイの背中に回す。ぎゅって抱き込まれて息も何もかも飲み込まれて、このまま魂みたいなものまで飲み込まれるんじゃないかと思う。視界を閉じた分他の感覚が過敏になっているんだろう。触れる手も絡み合う舌も、やらしい水音も、全部どうしようもなく、熱い。
「ん…、リヴァ、…は…」
「…好きだ」
「…っ」
 ずん、と何処かに叩き落されるみたいだ。啄ばむみたいに顔中にキスされながら、耳に直接流し込むみたいに囁かれた告白。ああ、ダメだ。もうダメだ。こんなの夢じゃない。こんな生々しい夢なんてありえない。これは本当に現実で、本当にリヴァイが私を好きだと言ってくれているから――
「…すき」
 ――私も、同じ言葉で応えた。





「…お前、明日の予定は?」
「ん…? 明日…?」
 優しいキスと激しいキスを交互にされて、頭がふわふわしている。単純に酸欠だったのかもしれないけどどうでも良かった。極上のお酒に酔っている時と同じようでそれよりももっとずっと幸せだ。ふわりふわりと浮かれた頭は問われた意図も考えずに、そのまま正直に答えた。
「明日は教授が出張って言ってたからゼミには行かないし、授業が昼からで…」
「朝は何も入ってないんだな?」
「うん…」
「なら、よし」
「へ? …へ!?」
 ぐいっと立ち上がらされたと思ったら5秒後にはベッドに仰向けに倒れこんでいた。勿論目の前にはリヴァイだ。逆光で薄暗がりになっているのにはっきり過ぎるほど見えるその顔は、獲物を前に舌なめずりをする肉食獣そのものだった。
「りりリヴァイ!?」
「昼からなら今晩寝なくても大丈夫だろ」
「いやいやちょっと待った気が早すぎるよ!? たった今両想いになったばっかりでしょー!?」
「うるせぇ。何年待ったと思ってる。好きだと言おうとした度にシリアスぶっ潰して邪魔してくれやがって。おまけに2ヶ月も逃げられてると思ったら、単に後輩の面倒を見てたからだと? ふざけんな責任取れ」
「責任って何の…うひゃあ!?」
 言うが早いかブラウスの下から手を差し入れられた。素肌が晒されて寒いのに、触れられたところから熱くなる。下着の上からゆるゆると胸を揉まれる。齧りつかれた鎖骨のあたり、歯型が付いたんじゃないだろうか。相当痛かったぞ。
「ちょちょちょ待ってほんと待ってほら私今日まだお風呂入ってない!」
「3日も4日も入らないで平気な女が今更何言ってやがる。風呂なら後で入れてやる」
「いやいや自分で入るから結構です! いやそーゆー問題じゃなくて! リヴァイほんとお願い待ってってば…っ」
 両手でリヴァイの胸板を押して抵抗してるのに、厚い胸板だなーがっしりしてるなーなんて感想を抱いてしまう自分が憎い。ちって舌打ちをしながら一応は離れてくれたけど組み敷いた状態はそのままで、とてもここで止めてくれるとは思えなかった。何処まで私を追い詰めたら気が済むんだ、この男。
「さっき何されてもいいっつったのはお前だろうが。
 …まさか、初めてだから優しくしろ、とでも言うのか?」
「へ? あー…いやそれは…どうなんだろ?」
「ああ?」
「えーっと…。今の体では処女だけど、『昔』は経験あったから。体は処女、心は非処女、みたいな?」
「…ほお」
 比喩表現じゃなくて本当に舌なめずり。あ、喰われるって思った。これはもう無理だわ。どれだけ抵抗しても泣いて怖がっても逃がしてくれないって、本能的に感じてしまった。
「…あの、リヴァイ? 何か顔怖い…」
「安心しろハンジ、優しくしてやる。最後まで俺の理性が保てば、だがな」
「うわーそれすっごく信用できなーい…」
 今日の昼にやっと告白するって決めてついさっき好きって言い合って、そのままベッドインのメイクラブってさすがに早すぎると思うんだけど。何か私の知らないところでリヴァイは追い詰められてたらしくて余裕の欠片も無いみたいだし。ここまで求められるなら女冥利に尽きるって思わなきゃなと若干無理矢理に自分を納得させて、噛み付こうと迫る顔に手を添えた。







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