oblivious 08






 責任はしっかり取ってもらった。



「…あー…」
「起きたか」
「…うん。起きました。お早うございます…」
「寝ぼけてねぇで顔洗って来い。ひどい顔だぞ」
「ひどくしたのは何処のどちら様でしょうか…」
「さぁな」
 とぼけるな、と非難を込めて睨まれるが気にしない。素っ裸のままで洗面に行こうとするから流石にシャツは羽織らせてやった。あいつまだ頭半分以上寝てるな。
 朝飯に食えそうなものがロクにない。2ヶ月ほとんど帰ってなかったってのは伊達じゃないな。水だけでも飲むか、と冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出したところで、うわああああああ、と悲鳴。やっと起きたか。
「目、覚めたか」
「…っ、あ、リヴァ、ああああっち向け! こっち見んな!」
「へーへー。…その格好で歩けとは言ってないぞ、俺は」
「ひん剥いたのはリヴァイでしょーがー!」
「充分善がってたんだから無罪だろ」
「〜!」
 壁と向き合ってやったその後ろでどたどたとベッドに戻る足音。焦ってるのは分かるが昨日と同じ服を着てどうする。
「…体、大丈夫か?」
「へ?」
「無理させたろ」
「…あ、えーっと…うんその、だいじょうぶ…」
 衣擦れの音が止まってから振り向いたら、案の定昨日剥いた服をそのまま着ていた。座り込んで見上げる顔は赤い。俺も自分がそうなってない自信はなかった。
「…やっぱり気が早かったと思うんですよ、リヴァイさん」
「うるせぇ。男の理性の脆さを舐めんな」
「威張ることじゃないしそれ」
 流したままの髪を梳く。昨日念入りに洗ってやったから綺麗なもんだ。額、目、とキスを落とすと、くすぐったそうにハンジは笑った。
「…ね、何年待ったの?」
「ああ?」
「昨日言ってたでしょ。何年待ったと思ってるって。何年だったのか教えて?」
「…」
「黙秘権は認めません」
 逸らそうとした顔を掴まれた。昨日からの意趣返しのつもりか、ハンジはにやにやとクソ愉快そうに笑ってやがる。ああクソ。そういう顔も可愛いなんて思う時点で俺の完敗じゃねぇか。
「…覚えてねぇよ。少なくとも入学式で再会してからはずっとだ」
 厳密には入学式からじゃなく『昔』からだが、『昔』を何年前と数えるのは無理だ。第一今俺が惚れているのは今ここにいるハンジなのだから、再会した入学式から数えるのが正しいだろう。
 こっちはクソ恥ずかしい告白を素直に言ってやったというのに、ハンジの奴、胡散臭そうに顔を顰めやがった。
「え、嘘臭い」
「…おい」
「大体貴方、今までずっと手を出す素振りも何もなかったじゃない。あーこれは私女だって思われてないなーって諦めても仕方ないでしょ」
「あのな。手を出そうとしたその度に萎えさせる言動でやる気を無くしてくれてたのは何処のどいつだ」
「へ? 何それ」
「部屋で2人で酒飲んでて、そこまではいいだろうよ。だがな。焼酎をロックで仰いでするめを齧る女にどうやって色気を感じろってんだ、ああ?」
「…あーえーと、ごめんね?」
 謝る程度には自覚があったらしい。どうせこれからも改めねぇんだろうから今更だが。
「で、お前はいつからだ?」
「へ?」
「女だって思われてないなって諦めてたんだろ? いつからだ?」
「…」
「黙秘権は認めない」
 逃げようとした顔を掴む。自分だけ言わせてそれで終わりにさせる訳がないだろうが。あーうーと呻きながら視線を彷徨わせているが、勿論答えるまで許してやるつもりはない。
「ハンジ」
「…いつからになるのか分かんないわ。死ぬ前からずっとだから」
「…ああ?」
「だから! 『昔』から好きだったって言ってんの! 皆まで言わせんな恥ずかしい!」
「…」
 手が緩んだ隙に逃げられた。頭を抱え込んで俯いているが、腕の隙間から見える耳が真っ赤になっている。そりゃそうだろ。前世から好きでしたってお前、そんな恥ずかしいことをよく言えたな。俺は言えなかったぞ。
「…好きだって気付いた時には、もうリヴァイ、婚約してたんだよ。だから言わず終いだったの」
「…そっか」
「そうなの」
 ぽつりと独り言のように囁かれた声は普段からは考えられないほど弱々しい。言っても困らせるだけだったからと続く言葉は細く弱く、どうしようもなくいじらしい。
 …やばい。こいつ可愛いすぎる。俯いてる顔を引き上げてキスしてまたひん剥いてやりてぇ。
 さすがに昨晩の今朝はキツすぎんだろ、と押さえ込もうとしていたら、奇妙な沈黙が耐え切れなかったらしい。ハンジがあーもー!と大声を上げて勢いよく立ち上がった。
「もうお終い! この話は終わり! 朝飯食いにいくよリヴァイ! もう学食開いてるよね!」
「お、おう」
 昨日放り出したままの鞄を取ってさっさと玄関に向かう背中を追い掛ける。出掛けに見た時計は11時を指していた。朝飯と言うか昼飯の時間だが、腹が減っているのは同じだからどっちでもいいだろう。
 1限目だけで帰る生徒とすれ違いながら、同じく昼から登校の生徒と並んで歩いていく。あと30分もすれば昼飯を求める生徒で寿司詰め状態になる大通りに入った頃、ハンジがぽつりと言った。
「…結局、タイミングがズレにズレてたんだねぇ、私たち」
「…そういうこった」
 握った手は振り解かれなかった。小さな力だがしっかりと握り返される。ズレていた間は取り戻しようがないが、これからは絶対に離さないことは出来るはずだ。
 いつか俺も言ってやるべきだろう。俺も『昔』から好きだったと。好きでもない女と婚約なんて馬鹿な真似をしていたせいで言えなかったが、ずっと惚れていたんだと。
 俺よりデカいわオッサン臭いわ、研究に没頭すれば平気で風呂も飯も放っておく生活破綻者だわと、我ながら何処が良くて惚れたんだと思わないでもないが。繋いだ手から精一杯意識を逸らそうと真っ赤になっている顔が可愛いと思ってしまうのだから、結局それが全てなんだろう。






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