家路を急ぐ子供たちが横を走り抜けていく。
すぐ隣、手を伸ばすまでもなくほんの少し体を寄せるだけで触れ合える距離で歩く2人は、何か話すこともなく、視線を合わせることもなく、ただ一緒に歩いていた。
「…」
右側を歩く青年の顔は少し上、左側を歩く少女の顔は少し下を向いている。青年の視界の先は真紅の夕暮れ。少女の視界の先は数歩先の地面だ。歩いている方向は同じでも見ているものは全く違っていた。
「綾香」
呼ばれ、少女は顔を上げる。青年も視線を少女へと向けていた。名を呼ばれた以外は何も言わない。少女も何も問わない。だが意図は伝わった。ふい、とぶっきらぼうに逸らされた視線だが、少女の視界は先程よりは高くなった。いつの間にか習い性になっていた下を向く癖を諌められたから。
「綾香」
「なに」
今度はなに、と問う声に応えるように、ほら、と青年は少女の視界よりも少し上、一面の真紅を仰ぎ見る。誘われて少女も視線を上げる。雲1つない西の空、沈みゆく太陽の紅だけが全てを支配している。
同じ赤でもこんなに違うの。
見惚れたままにぽつり、と少女が漏らした言葉に応える声はなかった。青年まで届かなかったのか、或いは敢えて応えなかったのか。青年は少女の言葉には応えず、ただその手を差し出した。
「急ごう。もう日が暮れる」
「…うん」
そうすることが当然のような自然さで差し出された手が、本当に取ってもいいのと躊躇いがちに伸ばされる手を愛おしげに包み込む。
これ以上暗くなる前に、とやや足早になった少女と、それに合わせて歩く青年。夕日が作る2人の影法師は、しっかりとその手で繋がっていた。