カガリがやって来てから1ヶ月が過ぎた。
相変わらずカガリは獣の屋敷の前に居座っている。
いつしか獣はカガリに帰れと言わなくなった。帰れとは言わず、しかしカガリを受け入れることも出来ない。
獣はカガリの存在に苛立ちも感じなくなった。
感じなくなった事実が、獣には信じられなかった。
…冷えるか。
獣は気候が下がっていくのを感じていた。この国は南国の部類に入る国だが、それでも冬になると冷えこむ。雪は積もらないが霜は立つ。今は秋の終わり、冬の始まり。体が寒さに慣れていないので1番辛い時期だ。
もうじき日が落ちる。そうすれば本格的に冷え込んでくるだろう。獣は足を早め、早々に帰ろうとした。
「ああ、帰って来たのか。お帰り」
「…」
今日も娘は屋敷の前にいた。娘は獣が応えないと分かっていてもめげずに話しかけてくる。獣は自分の屋敷の前だと言うのに、何処か落ち着かない気持ちで、黒の門をくぐった。
獣が屋敷の中に入る頃には日が完全に落ちていた。意識しなくても分かるほどに空気の温度が下がっていく。だが獣の屋敷には獣が快適に過ごせるように魔法がかかっているので心配はない。
そう、獣の屋敷には心配ない。だが、その外は?
「…」
獣は踵を返した。足早に庭を抜け、門までやって来ると、丁度娘はそこを辞そうとしていたところだった。もう今日は会えないと思っていた娘は虚を付かれ、あれ、と拍子の抜けた声を上げた。
「どうしたんだ? また出かけるのか? もう暗くなるのに」
「…」
危ないぞ、と、娘は獣を心配していた。最後まで獣に対していた大虎がいない今、この森で獣に対する存在などいないのに、だ。
無駄な心配だと獣は思ったが、一方で解ってもいた。娘には敵がいるいないは関係がないのだ。ただ、暗さに足を取られたりしないかと、本心から気にかけているだけなのだから。
獣は既に気付いていた。娘に好感を抱いてしまっていることに。
少しずつ、だが確実に獣の心に侵入してくる娘を、獣は疎ましく思う。
「…来い」
「え?」
キィ、と音を立てて、屋敷の門が開かれた。自然と閉まろうとするのを獣は頭で抑え、娘を迎えた。
「入れ。今日は冷える。門の前で凍死されても迷惑だ」
「…いいのか?」
娘は思いがけない僥倖に目を丸くした。獣は小さく首肯する。娘はたどたどしい足取りで門をくぐった。
初めて入った獣の屋敷は、薄暗がりの中でも見惚れるほどに立派な作りだった。
「ここ…、お前1人で住んでるのか?」
「そうだ」
獣の言うとおり、ここには人の気配がなかった。だが、獣以外がいない割には、屋敷の手入れが行き届いている。庭木は見事に切りそろえられており、廊下は塵1つなく磨かれている。この時の娘には勿論知るはずがないが、それがこの屋敷にかけられた魔法だった。
「今夜だけだ。明日になったら出て行け」
「…うん。ありがとう」
獣は娘を屋敷の一室に案内すると、それだけを告げて去った。
娘があてがわれたのは1階の一室だた。中庭に面したその部屋からは、庭の薔薇園が見て取れる。季節が遅すぎるので薔薇の花は咲いていなかったが、春になったらそれはそれは見事な花を咲かせるのだろう。
娘は久方ぶりのベッドに勢いよく倒れこんだ。スプリングの利いた上質のマットに、パリッとのりの利いたシーツ。そして、かすかに香る屋敷の臭い。
先ほど案内されている時に至近距離で感じた臭いと同じだ。獣の屋敷というだけあって、この屋敷内には少なからず獣の臭いが残っている。
カガリはふふ、と小さく笑って、久しぶりのベッドに誘われるように、眠りに落ちた。
その夜、カガリはとても優しい夢を見た。
獣の臭いに包まれた夜の夢は、あの美しい黒い毛並みを撫でる夢だった。
つづく
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はーい、書いてる自分で一体何話で終わるのか全然検討付いてないシリーズ3作目でーす。
3作目にしてやっとカガリは獣の屋敷に入ることが出来ました。さぁて、両思いになれるのはいつの日か…(遠い目)
それ以前に早く獣の名前出せ、私。
このままじゃ、「アスランとカガリ」じゃなくて「獣とカガリ」だ…。
獣は苛立っていた。この森に住み始めてから、かつてない程に。
獣は高を括っていた。娘は――カガリは、すぐに帰るだろうと。
あの人間は多くの従者を連れていた。着ている物も仕立ての良いものばかりだった。あの人間は上流階級の人間だ。そして、その娘も。贅沢に慣れた上流階級の人間がたった1人での森の生活に耐えられるはずがないと思っていた。
だが、娘が来てからもう半月が経つ。娘が帰る気配は、微塵も見えない。
半月の間、娘は獣の屋敷の前にいた。
時折何らかの用で離れる外は、日が昇ってから日が沈むまで、ずっと屋敷の前にいた。
娘は獣が近付くと微笑んだ。本当に恋する相手に会えた時のように、それはそれはきれいな笑顔で。
そして、娘は獣に話しかける。朝ならお早う、昼ならこんにちは。獣が屋敷を出る時はいってらっしゃい、帰って来たらおかえり。嬉しそうに楽しそうに、決して押し付けがましくない一言を添えて。
獣は苛立った。
何故帰らない、と。獣との約束など反故にしてしまえばいいだろう、と。
そもそも獣は嫁など欲していないのに。
「…帰れ」
「嫌だ。私は帰らない」
もう何度目になるか分からない問答だった。獣は娘に一言、ただ帰れ、と言う。娘は絶対に承諾しない。絶対に2人とも譲らない。
獣は苛立っていた。
娘がもっと押し付けがましかったら良かった。勝手に屋敷に入ってくるような不調法者なら良かった。それなら力ずくで追い出せる。娘に反感を抱いたままでいられる。
なのに、カガリは押し付けがましい真似は一切しなかった。確かに毎日屋敷の前に居座られてしまっているが、それだけだ。無理に屋敷に入ってくることもないし、獣に何かを要求することもない。ただ帰らない、と言って、ずっとそこにいる。ずっと、獣を見詰めている。
獣は苛立った。娘がいつまで経っても帰らないことに。娘に好感を抱きかけている自分に。
「…何故帰らない」
何故娘はいなくならない。何故娘は獣を怖がらない。何故、獣に恋したような目を向ける。
獣には全てが理解出来ない。
理解出来ないからこそ、余計に苛立つ。
「言っただろう? 私はお前の嫁になるんだって」
「嫁など要らない。早く帰れ」
「嫌だ、帰らない。…どの道、もう帰れないんだからな」
獣は娘の言葉に引っ掛かりを感じた。
…帰らないではなく、帰れない?
その言葉を発する時、カガリは微苦笑を浮かべた。だがそれは一瞬のことで、すぐに元の強情な笑顔に戻る。
「とにかく、私は絶対に帰らないからな」
「…」
獣は、娘を受け入れるつもりなどなかった。
すぐに追い返すつもりだったし、すぐに追い返せると思っていた。
だが、娘はいつまで経っても帰らない。
ずっと獣を思って獣を見詰めている。
「帰れ…」
獣は気付いてしまっていた。
次第にその言葉から力が消えていっていることに。
つづく
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続いたよ…まだ続いてるよ…。てか、あと1話で終わるとか絶対無理だし、これ。
途中で止まったらどうしよう。まぁ小話帳(別命没ネタ帳)だからいいか。
(良くねぇよ)
パラレルです。
(またかよ)
森の空気の違いに獣は気付いていた。
雨がやって来る前の獣や虫達の避難に似ていたが、明らかにそれとは違う。森の生き物達が異分子を感じ取り、警戒心を抱いているのだ。
…またか。
森の異分子とは人間に他ならない。つい先日多くの人間が迷い込んだ時も、今と同じ雰囲気が漂っていた。
あの時は迷い込んだ人間達の殆どが虎に喰われた。だが全滅はしなかった。唯一逃げることが出来た人間は獣の縄張りに侵入した。虎は人間を追って獣の縄張りに侵入した。虎は日頃から獣を敵視していた。獣は人間を助ける為ではなく、虎との決着を着けるために虎を殺した。結果、人間は助かった。
あの後人間は獣に礼を言い、恩を返すと言い、そして森を出た。獣の臭いを感じ取った森の住民達は、人間に手を出そうとはしなかった。
…人間になんか、会いたくもないと言うのに。
獣は人間の気配を疎ましく思い、屋敷の前に立った。門は誰の手もないのに開き、主を迎える。
時間が経つにつれて、人間の気配は薄れるどころか、逆に強まりつつあった。まるで獣に近付いて来ているようだった。獣は不快になった。
…まさかあの人間がまた来たんじゃないだろうな。
あの人間は、恩を返す、と何度も言った。恩なんか不要だ、あの虎とは自分の都合で戦っただけだ、と獣が告げたにも関わらず。
もしそうなら、人間の気配が近付くのも分かる。あの人間には森の入り口への道を教えてやった。それを逆にたどって来ているのかもしれない。
獣には実に不快だった。
恩など不要だ。人間になど関わりたくない。ただ放っておいて欲しい。獣の願いはただそれだけなのだから。
人間の気配はいよいよやって来る。もうじき姿の見える所までやって来るだろう。獣は門まで足を運んだ。もしあの人間がやって来たのなら、そこで追い返す為に。
…何だ?
獣は違和感を感じた。漂ってくる気配は紛れもない人間のもの、そして臭いも先日の人間のものに近い。だが、近いだけで、別の人間の臭いだ。
…別の人間なら、何故ここを知っている?
獣がいぶかしげている間に、がさり、と至近距離で草を分ける音がした。ついに人間が姿を現した。門ごしに獣はその姿を目に焼き付ける。
金色の娘。
「…お前がこの森の獣か?」
「…何用だ」
年の頃は15、6歳。金色の髪と金色の目を持った娘だった。森でも動きやすい旅装ではあったがとても仕立てが良い。娘を容易く喰いちぎることが出来る獣を前にしても臆さない気高さと度胸の良さは賞賛に値する。臭いが近いのと同様に、娘は先日の人間と何処か似た顔立ちをしていた。
「私は先日お前に助けられた人間の娘だ。お前に会いに来た」
獣は娘に好感を抱きかけた。かつて獣に怯えない人間などいなかった。先日の人間とて――娘の言葉を信用するならば、この娘の父親だ――、獣を見た最初の一瞬は怯んだと言うのに。
だが、獣は一瞬の躊躇いもなく、娘を拒絶した。
「…去れ」
獣は娘に背を向けた。悠然とした、しかし妥協を許さない足取りで、娘から離れていく。
それでも、娘は獣の行動も予想内だったかのように、うろたえることもなく言葉を続けた。
「そういうわけにはいかないんだ。私はお前に嫁ぎに来たんだから」
「…去れ」
カシャ、と、門が音を立てた。娘が門柱を触って門が揺れたのだった。獣は娘に振り返った。娘は真剣そのものの顔で、獣を見据えている。
…本気だったのか。
獣は何よりも先に呆れた。
先日の人間は獣に恩を返すと言った。山海の珍味を持ってこようと言った。金銀財宝を与えようと言った。この森の領主に任ぜようと言った。獣はそのどれも拒絶した。
そうすると、人間は言った。私の娘を嫁にやろうと。
獣はその言葉も拒絶した。人間が言った中で1番馬鹿馬鹿しい言葉だと、人間のその場限りの言葉だと思った。
…自分の娘をこんな獣に嫁がせるなどと言われて、誰が信じる。
獣が拒絶したにも関わらず、人間は一方的に娘を嫁にやると約束をして、森を去った。
それから何の音沙汰がなかったことで、獣はやはり詭弁だったのだ、と思った。失望も諦めもなかった。ただ事実を確認しただけの思いだった。
だが、この娘はやって来た。
父の言葉に従い、獣に嫁ぐ為に。
「…去れ。ここは人の来る所じゃない」
「嫌だ」
獣は再び踵を返した。
娘が無理に門を越えようとしたら、多少の怪我をさせても追い出そうと思った。だが、娘は門に触れただけで、それ以上獣を追って来ようとはしなかった。
「覚えてくれ、獣。私はカガリと言うんだ」
「…」
獣は応えなかった。無言で足を進めて娘から離れていった。その背中に、娘は告げた。至極真剣な、それでいて何処かうっとりするような響きで。
「私は、カガリ・ユラ・アスハと言うんだ。獣、お前は何という名前なんだ?」
獣は応えなかった。
獣には応えることが出来なかった。
つづく?
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ちょっと待て、なんだ「つづく?」ってのは。どっちなのかはっきりしろ。
何のパロディかお分かりでしょうか。まぁ分かるよな。有名な話だし。
正解は無意味に秘密にしておきます。
◆ レザードとメルティーナ(ヴァルキリープロファイル) 「相っ変わらず変態な研究を続けてんのね、アンタ」
「変態とは失礼ですね。せめて異端と言っていただけませんか?」
「どっちでも変わらないでしょうが。今更何言われても堪えるような可愛い神経の持ち主でもないクセに」
「勿論。他者の言葉などに耳を傾けていては、出来ることも出来なくなりますからね」
「はっ、こーの偏執狂!」
「褒め言葉として受け取っておきましょうか」
「そんなにヴァルキリーが欲しいんだったら、お願いしてみたら? 跪いて手にキスして、『私を愛してください』ってさ!」
「何故私がそのような真似をしなくてはいけないのです? 私が欲しいのはかの人の心などではない――かの人の全てを手に入れたいのです」
「…アンタにゃ愛し愛されたいっていう感情はないワケ?」
「興味ありませんね。言ったでしょう? かの人の全てを手に入れたいと。
私を厭う感情も全てが欲しい。愛して欲しいなどとは思いません。ありのままのかの人を欲しているのですから」
「…やっぱりアンタはキチガイよ。アンタの言ってるのは愛じゃない。醜い独占欲と支配欲だわ」
「キチガイで結構。誰に理解して欲しいとも思いません。私は私の信念を貫くのみです」
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何となく「ヴァルキリープロファイル」を引っ張ってきました。
レザードとメルティーナの組み合わせは好きです。毒々しい掛け合いと言うのでしょうか。
同属嫌悪が激しいから絶対に恋人にはならないけど、悔しいことにお互いを1番理解してるのもアイツだ、って関係。
あとレザードはレナスと組ませるよりもメルティーナとの方がよく喋る…気がする。
レナスにはとにかく愛を注いで欲しいし(笑)
…とか言っておいて、私、レザード×レナスにはなって欲しくないんだよなぁ…。
レザードの限りなく一方通行な片思いが好きなんですよ。レナスは何処までも毛嫌いしてるってのが。
…昔1本くらい書いたはずなんですが…何処行ったっけ…。
…眩しい。
窓から差し込んでくる朝日が総士を眠りから引き起こした。陽射しから逃れようと掛け布団を探すが、総士の右手の届く範囲には見つからない。わざわざ体を起こしてまで探す気力まではないようで、動かしていた右腕をそのまま頭の上にかざして目を覆った。
時計は見なくても大体7時過ぎだろうと検討は付く。総士の体内時計の正確さは彼が一番よく分かっている。昔は目覚ましがなくても起きられる特技でとても有難かったが、今は逆に恨めしく思っている。
いっそ眠ったままで無視出来たらいいのに。
ベッド脇の時計は総士の予想通りの時刻を示していた。A.M.7:08。
まだ体は気だるいが動かない訳にはいかなかった。起き出した総士が顔を洗い終えた時、聞きなれたインターホンが朝の静寂を揺らす。
「…」
来客者の確認にはリビングのモニターを見に行かなければならないが、総士は自室から直接玄関に向かった。今更確かめなければならない相手ではない。玄関の鍵を開けた先にいた人物と総士の想像していた人物とに違いはなかった。
「おはよう、総士」
「…ああ」
コッ、と一騎の右半身を支える杖が鳴る。一騎が入ると総士は玄関を閉めた。一騎は片足だけで器用に靴を脱ぐ。一騎が向かう先は台所だと分かっているので、総士は先達してドアを開けた。当たり前のように朝食の用意を始める一騎に、総士はため息混じりに声をかけた。
「…わざわざ毎朝来なくてもいいと言っているだろう」
「わざわざ毎朝来ないとちゃんと朝飯食わないだろ、お前」
反論はなかったので図星なんだな、と一騎は総士に悟られないように笑った。本当は言い返しても無意味だと思ったからなのだが、どちらにしろ大した問題はない。
一騎がフライパンで卵を焼いている間に、総士は食器棚から茶碗や皿を出して並べていく。いつの間にかそんな役割分担が決まっていた。
毎朝朝食を作りに来る一騎と一緒に食べるのが総士の朝の習慣だが、この習慣が出来たのはつい最近。正確に言うなら、フェスティムとの決戦が終わった後、皆城乙姫が短い「人生」に終わりを告げた後だ。
総士と乙姫の2人は兄妹としての生活を送った事などなく、総士にもまともな兄妹関係を結べていたとは思えない。それでもただ1人残った肉親、大切な妹だ。総士の喪失感、絶望感は他人には計り知れないものだったろう。フェスティムとの決着が着いたという気の緩みもあり、一騎でなくとも気付いてしまう程に、総士は気落ちしてしまった。
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すまんここで終わりなんだ。
かなり前に書いた小ネタなんですが。書きかけで止まってしまったのでもうどんなオチにするつもりだったのかも覚えてないっす。
おそらく書いたのは最終話を見る前でしょう。総士が無事(?)帰って来てることになってるし。
…あれ? でも乙姫ちゃんはいなくなってる…? となると、最終話を見た後に総士帰還を捏造したのか…?
…自分が書いた話でも時間が経つと何考えていたのか忘れることってありますよね…(遠い目)