「あのさ、名前で呼んでみてよ」
「? はい、10代目」
「いやそうじゃなくて。名前『を』、じゃなくて、名前『で』。まさか名前忘れたとか?」
「まさか! そんなことありえません!」
「だよね。じゃ、言ってみて」
「え」
「沢田でも綱吉でもツナでも何でもいいよ」
「…10代目」
「だからそれ名前じゃないから。何でもいいって。…あ、でも母さんの呼び方はアウトね。いい加減にやめて欲しいんだけどなーあれ」
「…」
「考えてみればさー、うちの連中ってことごとくオレのことボスって言わないよね。沢田綱吉ってフルネームだったり沢田って呼び捨てだったりさ。あ、クロームはボスって言ってるっけ」
「…」
「で、獄寺くん。呼んでくれないの?」
「…あの、」
「うん」
「………ツナ…」
「………」
「…あの、10代目。どうされたんですか? やっぱり失礼だったかと…10代目?」
「………どうしよう」
「え、あの、何でしょう! 10代目!?」
「………予想以上にキた………」
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どこに何がキたんだか。
ぽた。雫が落ちる音。
ぱち。小火がはぜる音。
周りの惨状に目をつってそれだけを聞いていたら、どこかのメルヘンに迷い込んだみたいだ。
「10代目っ、お怪我を!?」
「あーうん、オレは大丈夫。ちょっと焦げてるけど骨とかは無事だから」
「ちょっとって…全然ちょっとじゃないでしょう! 今すぐ手当てを…」
「大丈夫大丈夫。オレより皆は?」
「…全員無事です! 10代目が庇ってくださいましたから!」
「そっか。良かった」
「全然良くありません!」
爆風の殆どは上空に逃がせた。元々ガタが来てた建物はかなり倒壊してしまってるけど、幸いこの辺りは取り壊しが決まってる地区だから、解体の手間が省けたって思うことにする。
さっきまで降ってた雨はいつの間にか止んでいた。…まさか爆風で雨雲が吹き飛ばされたってことは…さすがにないと思うんだけど。いくら何でも雨雲に届くほどじゃなかっただろ。
起き上がろうと思って腕に力を入れたら、思いがけない激痛。あ、やばい。骨は無事でも筋を痛めたかも。骨より筋の方がヤバイよなぁ。
どうぞ、って差し出された手の持ち主は、それはそれは心の底から激怒してた。
「ボスを守るのが部下の役目です。ボスが部下を守ってどうするんですか!」
「別におかしいことじゃないと思うけど。部下を危険にさらして自分はぬくぬく守られてる奴なんてボスの資格ないよ」
「貴方のどこがぬくぬく守られてるボスですか! たまには守られて下さい、いつもご自分が率先して突っ走るじゃないですか!」
獄寺くんがオレに説教できるようになったのっていつくらいだったっけ。昔はハイハイってオレの言うことに従います!ってばっかりで、…イエスマンなんて要らないって本気で思ったよ。
怒ることも時には必要って学習してくれて、その後からだと思う。本当にオレが獄寺くんを頼れるようになったのって。立場はボスと部下だけど、気持ち的には対等に立てたと思った。
…意外と細かい所までお説教をするようになっちゃったから、それはそれで面倒になっちゃったんだけど…。
「10代目?」
「あーはいはい聞いてます聞いてます」
「…」
素直に手を引いてもらって立ち上がった。脚は問題なさそう、だ。
近くなった顔はやっぱり怒ってて、…でも、すぐに伏せられてしまった。
「獄寺くん?」
「…申し訳ありません」
「え、何」
「もっと警戒しておくべきでした。そうすれば10代目に、こんなお怪我を…」
「や、違うって。仕方なかったよあれは。オレもまさかあんなタイミングでミサイルをぶっ放すなんて思わなかったし」
話し合いだけの予定だった。予定は未定ってことで、要するにあっさりと喧嘩を吹っかけられた。血気盛んな連中ってのは分かってたけど、まさかオレたちと10メートルも離れてない状態で対戦車ミサイルを撃ってくるなんて。オレたちどころか自分たちも一緒に死ぬ距離だぞ。
何とか対処は出来たわけなんだけど、結果的に建物倒壊、全員ぶっ飛び。オレはちりちり焦げました、ってことだ。
「申し訳ありません…!」
「いや、だから…」
何かもう土下座してないのが不思議なくらいの謝りっぷり。
…獄寺くんには悪いんだけど、ついつい吹き出してしまった。
「…10代目?」
「ごめん、ちょっと…昔の君を思い出しちゃって…」
「…はい? 昔のオレ、ですか?」
「オレがちょっと怪我する度に大袈裟に騒いでたなーって」
「…」
あの頃は大丈夫だから、大袈裟だから!って言って落ち着かせてたけど、今になるとあの頃の必死さが懐かしい。
獄寺くんはちょっとばつが悪そうに頬を掻いた。けどすぐに真顔に戻す。遠く、サイレンの音が聞こえた。
「10代目」
「うん」
さすがに誰かが通報したんだろう。警察に捕まると面倒だから、三十六系逃げるに如かず、だ。
ミサイルをぶっ放してくれた連中は獄寺くんと喋ってる間に他の部下がとっくに確保してくれていた。幸い車は動ける程度には無事だったらしいから順に乗り込んで発進していく。
オレたちが全員離脱するのとパトカーが到着するのはほとんど同時だった。
「交渉は決裂、手打ちはこれから。みんなに怪我はないけどオレは火傷だらけ――か。あーあ、リボーンの採点が怖いよ」
どんなに楽観的に考えてもいい点数は取れそうにないな、って1人ごちたら、獄寺くんが「大人しく怒られてください」ってぼそって言った。
…まだ怒りは継続中らしい。こっちはこっちで怖いんだよなって思ったけど、さすがに口には出さないでおいた。
…獄寺くんの仏頂面が酷くなったから、顔には出てたのかもしれないけど。
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未熟者奮闘記。
視察に来たビルの前で車から降りた。
大きな噴水がある広場に面したビルで、広場ではわいわいとガキが何人も走り回っていた。ガキを嗜めながらも微笑ましそうに眺める母親たちがいた。至って普通の広場の風景だった。
ガキの1人がこっちに走ってきた。
そのガキは確かにガキだったんだけど、せいぜい10歳になるかならない程度だったんだろうが、その手にはナイフが。
ナイフの先には、オレたちのボスが。
斬。
「沢田のガキが襲撃されたんだってなぁ、オイ」
「情報早いなー。今日の昼の話だぜ、それ」
「ヴァリアーの情報網を舐めんじゃねぇ」
向かい合わせのソファに座る2人の間、畳一畳分はありそうなローテーブルの上には、所狭しと酒類とつまみが並べられていた。
酒は山本の好みで日本酒、つまみはスクアーロに合わせて魚介類がメインになっている。大皿には山本自身が市場で調達してきて捌いたまぐろの刺身が並んでいた。
「前に潰したファミリーのボスの息子? 相変わらず甘ぇな、潰す時はガキだろうが何だろうが皆殺しにしろっつーんだよ」
「その方が後腐れがないってか? ムリだなー、オレのボスはそーゆーの嫌がるからよ」
「はん」
スクアーロはグラスを放棄した。清酒の瓶を掴んでそのまま口にする。半分以上は残っていた中身が瞬く間に彼の胃に収まった。
豪快だなーと眺めつつ、山本は別の瓶の封を切った。
「そのガキ、本当に自分の意志で狙いに来たのか?」
「さぁ? 今の所唆した黒幕がいたって情報は聞いてないぜ。本人に聞こうにも、斬っちまったから聞きようがねぇし」
現在揉めているファミリーが、過去揉めて遺恨を持つ人間を唆して狙わせる。珍しくとも何とも無い話だ。ここ最近はそこまで険悪に揉めているファミリーはいないが、機会があったら少しでもボンゴレの力を削いでおこうと考える者も少なくないはずだ。
綱吉が最初に次期10代目に指名されてから早10年。それだけの時間をかけて内外に10代目だと認めさせたが、未だにボンゴレ内にも綱吉を良く思わない人間はいる。ヴァリアーのように大っぴらに反抗している者や、獅子身中の虫の如く隠れて反抗の機を窺っている者などが、確かに存在している。
「実はうちが黒幕だったりしてな。オレのボスは今でもお前らを10代目なんぞと認めてねぇぜ」
「ガキを唆して殺させるなんざ、お前のボスはそんなプライドの低い奴じゃないだろ」
「はっ、言うじゃねぇか」
赤くなった顔にげらげらと些か品の無い笑い声。既に2人で空けた瓶は3本、間違いなく酔っている。
それでも。たとえ酔っていてたとしても、その眼光は鋭い鮫に違いない。
ギィン、と空間が凍ったようだった。
予告なしに膨れ上がる殺気。
否応なしに襲い来るプレッシャー、しかし山本は微動だにしなかった。
「いつまでも甘ちゃんの言う通りハイハイ従ってるだけじゃ、お前ら死ぬぜ」
スクアーロの剣は今彼の手の届く位置に置いていない。だが義手に仕込んだ剣がある。
山本の剣はソファに立てかけてある。義手という鞘を抜く間に剣を取る自信が山本にはある。
いつでも殺し合いを始められる状況でありながら、山本は、笑った。
無邪気に、凄惨に、口の端を上げた。
「いいんだよ、ツナはあれで。ツナの敵はオレが斬るから」
決意も覚悟もとっくにすませた。
綱吉を狙うなら、誰であろうとも、躊躇なく刀を振り下ろす、と。
それがたとえ、今日のような、年端の行かない子供であったとしても。
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山本とスクアーロは時々飲んでるらしい。
「お出かけ、ですか?」
「ええ、そうなのよ。ちょっと駅前までお使い頼んだの」
「あ、じゃあオレ追いかけます。ありがとうございました」
「あらあら、大丈夫よ。すぐ帰って来るから」
「え、あの」
「お茶でも飲んでゆっくりしてね?」
「…はい」
「ただいまー」
「おかえりなさい、ツっ君。獄寺くんが来てくれてるわよ?」
「獄寺くん?」
珍しいな、と1人ごちる。獄寺が待っていて、自分が帰ってきて、その状況で獄寺が玄関まで出迎えに来ないのは。
台所にいた母にスーパーの袋を手渡し、オレの部屋?と問いかけると、奈々はしー、と口に人差し指を立てた。
「? …あ」
台所の隣り。陽光が差し込むリビングで、獄寺がうたた寝をしていた。
ストリート育ちで良くも悪くもマフィアの身のこなしが染み付いてる獄寺がうたた寝をするところなど、綱吉は勿論見たことがなかった。自分と一緒にいてもいつ誰に襲われても対応できるようにいつも身構えていた。
それが今、とても無防備な寝顔を晒し、健やかな寝息を立てている。心地良い日差しと心地良い空気。その穏やかな空間にほだされたのだろうか。
「急用じゃないんでしょう? もうちょっと寝かせてあげましょ」
「うん、そうだね。
…母さん、何か嬉しそう?」
「それは勿論。うたた寝してしまうくらいに気持ちいい場所を提供するのが、お母さんの役割だもの」
息子のお友達がこんなにくつろいでくれるのは、お母さん冥利に尽きるのよ。
そう微笑んだ母は本当に誇らしそうで、綱吉もそんな母が誇らしくて。そして獄寺が自分の家でこんなにくつろいでくれている、という事実も嬉しいくて。
シャメに撮って山本に自慢したいな、でも近付いたら起きちゃうかな、と、獄寺が起きるまでの僅かな時間、綱吉は悩んで過ごしたのだった。
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ママン初書きです。ママンは聖域。
こ、こんな感じで良かったっけ…。
昔の肖像画家は写真みたいにそっくりに描くことよりどれだけ自然に美化させられるかの方が大変だったって話を昔聞いたことがある。
写真なんてない時代には肖像画で見合いが決められるみたいなこともあったらしいから、肖像画と実際の顔が「似てるけど別人じゃねーの?」ってレベルまでかけ離れてるのも珍しくなかったとか。特にモデルが女性の場合。…肖像画で一目惚れしたのにいざ結婚式の日に初めて顔を合わせたら…って悲劇もあったんだろうなぁ…。
それはともかく。
無駄にだだっ広いボンゴレ本部には、歴代のボスの肖像画が掛かってる部屋があったりする。
初代から順番に、9枚。いずれオレの肖像画も飾られる予定…らしい。興味ないけど。
「…ぶん殴りたい顔してる」
「…はい?」
1番端で1番値の張りそうな額縁に収められているのが、ボンゴレを作り上げた初代の肖像画だ。額縁は高価そうだけど、実は絵は物凄く汚い。2代目と大して変わらない時代の物のはずなのに明らかに2代目よりも質が悪い。保存状態が云々じゃなくて、描いた画家の腕とか使った絵の具の問題だと思う。
初代はボンゴレの基礎を作り上げたけれど、ファミリーとして確立させたのは2代目だ。彼はさっさと2代目に代を譲った。肖像画の質が低いのはそのせいだろう。まだ動乱の頃で貧乏してる頃に描かれた物なんじゃないかな。もしかしたら初代が出て行った後に記憶を頼りに描かれた可能性だってある。
ボンゴレリングを通じて会った顔を思い出す。肖像画はアレとほとんど変わらない顔をしていた。自分でも気味が悪いほどオレによく似ている。…ひーひーひーひーひーじーちゃんくらいの遠さの癖に、何なんだよこの隔世遺伝は。年齢も今のオレと変わらないから兄弟って言っても通用するんじゃないか。
「…何がしたかったんだろうね、この人」
自警団を作ったのに、マフィアになって。ボンゴレから出て行ったのに、子孫は遠い後継者になった。
裏目裏目に出ることしかしてないような気がする。そもそも何でボンゴレを出て行ったのかも謎な人だし。マフィアになっていく自分が嫌だったとか、愛する人を失って人生に絶望したからだとか、黄金の国にただ1つのお宝を探しに行ったとか、下らねー噂まで含めたら物凄い数の説があるけどさ。
「初代は、ボンゴレの基礎を作り上げた偉大な方だと思いますけど」
「…うんまーそーだね」
否定するのも面倒臭い。何かバカらしくなったからさっさと隣りに目線を移動させた。隣りは勿論2代目だ。初代→オレみたいに、2代目はザンザスに似てる。嘘くさいくらい似てる。
「…実はザンザスって2代目の遠い子孫ってオチがあったりしても驚かないよね」
「いやそれはないですよ、10代目。奴はボンゴレの血を引いてません。ボンゴレリングがそれを証明したじゃないですか」
「そうだけどさー。何かここまで似てたら赤の他人って嘘臭く感じない? あの時はボンゴレリングの機嫌が悪かっただけとか」
「…受け入れられるかどうかはその時のリングの気分次第なんですか…?」
「あるかもよ? 結構なオーパーツじゃん、このリング。歴代ボスの幻覚を見せたり出来るんだし」
「…うーん…」
大真面目に悩むことでもないと思うけど、…何かこう、可愛いね。口に出したら怒られそうだけど。
「ま、冗談はこれくらいで。そろそろ帰ろっか。リボーンにまた怒られちゃうな」
「あ、はい。予定の時間までまだありますから大丈夫ですよ」
「ならいいけど。10分前行動!とか言いだすかもしれないしなぁ」
扉が閉まりきる直前、何となくオレは振り返った。
肖像画に霊が宿るって怪談は古今東西よくある話だけど、少なくともここの9枚には誰一人も宿ってない。
だから誰かに呼ばれたような気がしたのは、オレの気のせい以外の何でもない。呼ばれるなら扉の向こうじゃない、このオレの指のリングからに決まっているから。
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「ひーひーひーひーひーじーちゃん」は流石に言い過ぎ。
wiki先生曰く「曽曽曽祖父」らしいから、正しくは「ひーひーひーじーちゃん」かな。